株式会社フジ・メディア・ホールディングス(以下、FMH)に対し、アクティビスト株主である米投資ファンドのダルトン・インベストメンツ(書面はニッポン・アクティブ・バリュー・ファンド・ピーエルシー名義:Nippon Active Value Fund plc、以下NAVF)が、2025年6月に予定される定時株主総会にて、12名の新たな取締役候補者を提案する旨の株主提案書を提出した。
「面白くなければテレビじゃない」をあえて掲げるダルトン
提案書では、フジテレビがかつて掲げていた「面白くなければテレビじゃない」という精神を再興させることを最大の目標としている。80年代にフジテレビが視聴率三冠を達成し、「黄金期」と呼ばれた時代を振り返りながら、その後40年にわたり続いた日枝久体制が企業の活力を奪い、視聴率低迷と経営停滞を招いたと断じている。
特に2024年のフジテレビの視聴率が他の在京キー局に後れを取った現状を挙げ、日枝体制の「残滓」の排除と経営刷新を急務とする姿勢を明確に示している。
株主提案の柱:4つの構造改革
提案の中核には以下の4つの構造改革が据えられている。
1. ガバナンス改革
40年に及ぶ「独裁的体制」の後遺症として、FMHは健全な企業統治を欠いたまま上場企業としては異例のPBR0.3倍という低評価に甘んじていると指摘。新たに外部から実力ある取締役を迎え、透明性の高いガバナンス体制への転換を訴えている。

2. 不動産事業のスピンオフ
FMHは、フジテレビを中核とする放送・メディア事業を担う企業である一方、グループ内には安定収益源としての不動産事業も有している。現在、この不動産事業が全体の経営基盤を支えている構図となっているが、NAVFはこれがメディア事業の自律的成長を妨げる要因になっていると断じる。
NAVFによれば、放送法に基づく外資規制の影響により、FMHは「認定放送持株会社」としての特殊な位置づけを持ち、その資本構成やガバナンスに制約を受けてきた。具体的には、株式の一定以上の保有が制限されることで、株主による経営監視機能が働きにくい「ぬるま湯」の環境が続いてきたという。これが、不動産事業においても実質的に外部の厳しい資本市場規律が及びにくくなっている背景である。
本来、メディア事業と不動産事業は相互に業態としての関連性が希薄である。にもかかわらず、FMHは長年にわたって両者を一体運営してきた。結果として、不動産事業が安定的な収益を上げ続ける一方、放送・メディア事業は競争力の強化や構造改革に向けた危機意識が希薄となり、組織の活性化を妨げてきた。NAVFは、このような「不動産によるメディア部門の甘えの構造」を放置することが、視聴率低迷やコンテンツ力の劣化につながった一因であると断じる。
さらに、NAVFはFMHが不動産事業を税制適格スピンオフの形で分離することを提案している。これは、一定の要件を満たすことで税負担なしに企業分割を可能とする制度であり、企業価値を毀損せずに事業の独立性を高めることができる手法である。スピンオフ後は、FMHの株主が新たに不動産事業会社の株主となり、放送・メディアと不動産という全く異なる2つの事業が、それぞれの市場環境に適した経営判断と成長戦略を描くことが可能になる。
具体的な先行事例として、提案書ではサッポロホールディングスが株主からの要請を受けて不動産事業の分離を表明したケースを引き合いに出している。FMHもこれに倣い、メディア企業としての本来の姿に立ち返るべきであるというのがNAVFの主張だ。
3. 政策保有株式の解消
旧体制によって維持されてきた政策保有株式3000億円規模の保有を解消し、企業価値を本業に集中させる方針を強調。株主に対する還元と資本効率の改善も狙いとして掲げている。
4. 放送・メディア事業の大改革
NAVFが最重要課題の一つとして位置づけるのが、フジテレビを中核とする放送・メディア事業の抜本的な再構築だ。フジテレビはかつて「視聴率三冠王」を誇ったものの、現在では他のキー局と比べても顕著な視聴率低迷に直面しており、メディア業界における競争力を大きく失っている。
最大の問題は「制作力の劣化」であるとしている。その要因は、2022年に実施された早期退職制度により、50代を中心とした経験豊富な制作人材が大量に流出。結果として、番組の質が低下し視聴者の支持を失うという悪循環が起きたとする。NAVFは、ここに「番組の均質化」「保守的な企画」「スポンサー忖度型の制作体制」といった根本的な病理があると指摘している。
この状況を打破するために積極的に有能な人材を獲得、若手を育成し、自由な発想を許容する現場体制の再構築する必要があるとする。また、コンテンツ制作会社との関係と下請けからパートナーへの進化させる必要もあると指摘。
また、東京一極集中に偏った制作体制を改め、地方局の制作能力を積極的に活かす構想も明記されている。準キー局の枠を広げ、番組制作の多角化を推進する。さらにテレビ広告収入への依存は「構造的脆弱性」と捉え、コンテンツの収益化を新たな軸として再構築することを提案している。また、中途半端なプラットフォームを作ることを改め、FODについても抜本的に見直す必要があると断じている。その上でSVODプラットフォームとの提携を視野にいれるべきだとする。
取締役候補には北尾吉孝や福田淳などを提案
今回の提案では、SBIホールディングスの北尾吉孝氏を筆頭に、メディア研究者の北谷賢司氏、元新潮社「フォーサイト」編集長の堤伸輔氏、STARTO ENTERTAINMENTの福田淳氏など、多岐にわたる分野で実績を持つ12名が名を連ねている。
特に注目すべきは、北尾氏がかつてライブドアによるフジテレビ買収劇の際に「ホワイトナイト」として同社を支援した張本人でありながら、現在ではその判断を否定し「フジテレビの真の改革」の必要性を訴えている点である。
NAVFは、今回提案する取締役候補がそのままフジテレビの経営陣となるわけではないとしたうえで、親会社であるFMHの取締役会にフジテレビの経営刷新を担う人材を招聘することを期待していると述べている。
提案書は「フジテレビは生まれ変わる」と結び、「面白くなければテレビじゃない」という再出発のスローガンを掲げる。これは単なるノスタルジーではなく、抜本的な構造改革を伴った現代的な変革への挑戦であると位置付けている。
株主提案による取締役候補者一覧
北尾 吉孝(きたお よしたか)
SBIホールディングス株式会社 代表取締役会長兼社長北谷 賢司(きたたに けんじ)
金沢工業大学虎ノ門大学院 教授/コンテンツ&テクノロジー融合研究所 所長
株式会社ワーナー・ミュージック・ジャパン 会長
DAZN Japan Investment 合同会社 チェアマン岡村 宏太郎(おかむら こうたろう)
サッポロホールディングス株式会社 社外取締役
元トムソン・ロイター・マーケッツ株式会社 代表取締役社長堤 伸輔(つつみ しんすけ)
BS-TBS「報道1930」 レギュラー解説者
元新潮社「フォーサイト」 編集長坂野 尚子(ばんの なおこ)
株式会社ノンストレス 代表取締役社長
元フジテレビ 編成局アナウンサー/ニューヨーク特派員
経済産業省 産業構造審議会 委員James B. Rosenwald III(ジェームズ・B・ローゼンワルド三世)
Dalton Investments, Inc. Chief Investment Officer
Rising Sun Management Ltd. Chief Investment Officer
ニューヨーク大学スターン・スクール・オブ・ビジネス 非常勤教授菊岡 稔(きくおか みのる)
参天製薬株式会社 社外取締役
元ジャパンディスプレイ 代表取締役社長兼CEO福田 淳(ふくだ あつし)
株式会社STARTO ENTERTAINMENT 代表取締役CEO
株式会社スピーディ 代表取締役社長松島 恵美(まつしま えみ)
弁護士法人開法律事務所 客員弁護士
学校法人金沢工業大学 客員教授
元ソニー・ピクチャーズエンタテインメント ジェネラル・カウンセル近藤 太香巳(こんどう たかみ)
株式会社NEXYZ.Group 代表取締役社長兼グループ代表田中 渓(たなか けい)
Alpha Advisory株式会社 日本不動産投資責任者
株式会社ケップルグループ 社外取締役
株式会社CROSS FM アドバイザー西田 真澄(にしだ ますみ)
Dalton Investments, Inc. Partner
Rising Sun Management Ltd. Head of Research
ダルトン・アドバイザリー株式会社 マネージング・ディレクター