『アイスクリームフィーバー』千原監督に聞く、映画とデザイン・広告の今

アートディレクターとして活躍する千原徹也氏が『アイスクリームフィーバー』で初監督を務める。奇しくも同日公開となったスタジオジブリ最新作『君たちはどう生きるか』の「広告ゼロ」展開と絡めながら『アイスクリームフィーバー』の画期的な取り組みを深堀していく。

メディア 広告
『アイスクリームフィーバー』千原監督に聞く、映画とデザイン・広告の今
『アイスクリームフィーバー』千原監督に聞く、映画とデザイン・広告の今
  • 『アイスクリームフィーバー』千原監督に聞く、映画とデザイン・広告の今
  • 『アイスクリームフィーバー』千原監督に聞く、映画とデザイン・広告の今
  • 『アイスクリームフィーバー』千原監督に聞く、映画とデザイン・広告の今
  • 『アイスクリームフィーバー』千原監督に聞く、映画とデザイン・広告の今
  • 『アイスクリームフィーバー』千原監督に聞く、映画とデザイン・広告の今
  • 『アイスクリームフィーバー』千原監督に聞く、映画とデザイン・広告の今
  • 『アイスクリームフィーバー』千原監督に聞く、映画とデザイン・広告の今
  • 『アイスクリームフィーバー』千原監督に聞く、映画とデザイン・広告の今

宣伝がなくなると仕事がなくなる?

――おっしゃる通りで、例えば『君たちはどう生きるか』だと配給が東宝=劇場を持っているという強みもあると思うんです。『アイスクリームフィーバー』においては、千原さんだから成立した部分もとても大きいでしょうし。そういったなかで、この流れをどう伝播させ、ノウハウをどう還元していくのか、そもそもそれが出来るのか?というのは気になるところです。千原さんも下記のようなツイートをされていましたよね。僕たちライターの仕事も映画宣伝に接続している部分が多いので、非常に共感します。

ひろゆきさんが「成功しちゃうと、広告宣伝費は使わなくても良いという実例が出来ちゃう。広告代理店の人達は『失敗して欲しい』とか思ってたりするのかな?」とツイートしていましたが、自分も広告側の人間として危機感はあります。これからは映画も撮りますが、お金を稼いでいるのは広告の仕事ですから、なくなっちゃうと困る。

ただ実際、もう既になくなってきているんですよ。テレビCMも買われなくなってきて、街頭広告も出稿料がかなり安くなってきました。サイバーエージェントなどがWEBメディアでピンポイントでターゲットを狙う試みを行っていますが、そういうもののほうが求められるようになってきた気がします。

――パーソナライズド広告といいますか、ターゲティングもより細分化されてきましたよね。

そうなると、例えばTikTokでインフルエンサーに広告を作ってもらうときに、綺麗なデザインは求められないんです。素人っぽい、アプリで文字を打ったようなデザインで「コスメを使ってみたけどこれが良かったよ」と語る方が、ユーザーからの信用性が高い。綺麗なデザイン・良い広告になればなるほど身近に感じられなくなってしまうんですよね。そういう意味では、確実にデザインの仕事はなくなってきています。

――そこにAIなども入ってきて、クリエイターの仕事がどんどん減っていくのでは?と危惧されていますよね。

ただ、僕もいまサイバーエージェントとAIの開発を行っていますが、現状は過去の実績のアルゴリズムでしか作れないんです。つまり、新しい発想が生まれるところまでは来ていなくて。今回の鈴木Pの「広告ゼロ」という発想はAIにはできないと思います。

僕たち人間は、そういった“出し口”をこれからは選定していかないといけないと感じています。クライアントが「1億円かけてこの商品のプロモーションをしましょう」となったときに、いつものごとくテレビのゴールデンタイムに合わせて製作費をかけて有名なタレントを起用したCMを作ってプロモーションしましょう、記者会見もやりましょうというパターンがもう通用しない。

広告をゼロにして、そのぶん商品の質を上げてみんなが欲しがるようなパッケージを何十種類も作ってそれを噂にしませんか?学校でも配ってみませんか?みたいな、誰も発想しえないことを発想していかないといけない時期に来ているし、それができなければデザインの意味がないとも思っています。僕がTwitterで「デザインをやる立場としては、仕事なくなるやん!だけど、従来のやり方に頼らないアイデアを出した方が、生き残っていけるのかなって思う」と書いたのは、そういうことです。

デザインは素晴らしい技術だと思いますが、それをどういう形態で見せていくかまで考えていくのがこれからは重要。今までは新聞広告やテレビ、街頭広告などフレームが決まっていて、その中で考えれば良かったんです。でももう「何をすればいいのか」から考えていかないといけない時代になっていて、僕の中ではそれが映画になったという感覚です。映画というコンテンツを僕が立ち上げることで、みんながそれにかかわって掛け算で広告になっていきました。

つまり映画と掛け算することで、何を起こせるか。例えばご飯屋さんやブランドストアに映画を観終わった人が足を運んでくれたり、そうした動線づくりをしたいなと考えていました。例えば『アイスクリームフィーバー』の公開初日にはTOHOシネマズ六本木ヒルズにキャストの等身大パネルを飾ります。「niko and ...」を展開する「アダストリア」とのコラボレーションなのですが、映画館に洋服のブランドが広告を出すのはかなり珍しいと思います。

そうした「今までにないことを考えていく」を提示したのが、『君たちはどう生きるか』だと僕は感じています。あれだけ影響力のあるスタジオジブリが火ぶたを切って、これからクリエイターの戦国時代が始まる。僕も「やるぞ」という気持ちになりましたし、映画監督としても、デザイナーや広告屋としてもものすごく刺激をもらえました。宮崎さん・鈴木Pも『君たちはどう生きるか』は実験だと思いますが、僕も映画の広告の宣伝の居方の実験であり、アートディレクターとしての仕事の実験でもあります

映画宣伝も変化の時

――いまのお話は、例えば映画宣伝において現状だとどうしても紋切り型のパターンが多いということでもあるなと思います。

全てがステレオタイプでは通用しなくなっていますよね。映画も作品の中身によって広告の仕方も変えていかないといけないと思います。これはチラシがいるのかいらないのか、冊子にするのか、あるいはゼロにして街頭で面白いキャンペーンを打つのか等々、映画を作りながら考えないといけない。完成した映画をもってして何かやっていこうというよりは、作った時点でコラボレーションやどういう展開をしていくのかを、映画の中身とつなぎ合わせて作っていく必要があるんじゃないかと思います。

――現場と宣伝チームがセパレートしている構造上の問題もありますよね。現状ですと、出来上がったものに対して宣伝チームを立ち上げて……という動き方が多いようには感じます。そうすると、もうある素材に対してどういう宣伝を考えるか、という頭になる。

僕も一回やってみて見えてきたこともたくさんあるので、個人的に書き始めている次回作のプロットでは監督ではなくアートディレクターとしての動き方でとらえています。現時点で、誰に出演してもらい、音楽と町と世界と広告、デザインや商品をどうつなぐかまで考えています。「展開自体は後からやる」ではなくて、展開も含めた映画ですね。

ファッション業界だと、10年くらい前からもう「デザイナー」と呼ばなくなり、どこのブランドでも「クリエイティブディレクター」という呼称が定着してきました。デザインだけじゃなくて自分が広告塔になり、ファッションショーの演出や10年先を見据えたブランディングまで考えていかないといけないからです。最近では、ファレル・ウィリアムスがルイ・ヴィトンのメンズ・クリエイティブ・ディレクターに就任しましたが、ミュージシャンがファッションブランドのデザイナーになるなんて、これまではなかなか考えられないことです。洋服のデザインをひたすらやってきた人をアサインするのではなく、音楽の分野であるとか関係なく、センスを持っている人をアサインするレベルまで来ています。

そういう動きを見ているからこそ、僕も次の映画では「監督」ではなく「クリエイティブディレクター」として全部まとめて、その中に監督という業務があるくらいの新しい形を試してもいいかなと思っています。

――そうなると、撮影前にもう広告も動き出せますね。撮影時に広告用の素材撮りも可能になったり……。

映画を撮る前に「イベントはこの時期にこうやってやりましょう」「撮影中にこんなことをやってみよう」「こういうブランドと組みましょう」「主題歌はこういう風にして、発売をこのタイミングにして同時にこういうことを仕掛けましょう」みたいに、映画を真ん中にしながら連携を取っていけますよね。

――本作でも、劇中で猿田彦珈琲が登場→実際に猿田彦珈琲でオリジナルアイスの販売等々の流れが非常にスムーズと感じました。これらも、制作段階から一緒に動いているからこそだなと。

猿田彦珈琲✖️映画『アイスクリームフィーバー』

そうですね。猿田彦珈琲とは、後からお願いしたわけじゃなくて撮影の前段階から「一緒にアイスの開発をして映画の公開時に販売する」ということを話し合っていますし、「じゃあどんな味がいい?」「広告塔は誰にする?」というようなことも考えて動いています。そういう意味では、職人的に監督だけをやっていればいい時代じゃないし、デザイナーだけやっている場合じゃない。マルチワークをしていかないと生き残っていけないし、まさに『君たちはどう生きるか』と言われている気がするんです。

“映画鑑賞体験の楽しさ”を引き出す施策を仕掛けたい

――ちなみに、『アイスクリームフィーバー』のタイアップはデジタルというよりリアルやフィジカルに重きを置いているように感じます。それらは意図的なものでしょうか。

はい。フィジカルで体験してもらうことが映画にとっては大事だと思ったので、なるべく立体的な広告展開を目指しています。この間サイバーエージェントの方と話していたのですが「映画は映画館で観るものだと最近感じているんです」とおっしゃっていて、配信事業をされている方もそう思うんだと印象に残りました。

僕が「映画館で映画を観てほしい」と思うのは、自分の経験として最高の映画体験だったという環境面もありますが、行き帰りの道中の楽しさもあります。映画館から出てきたときにちょっと気分が上がっているあの感覚を味わってほしくて、帰りにレコード屋さんやアイスクリーム屋さんによってもらえるような仕組みを作っています。

先ほどお話しした等身大パネルなどは古典的かもしれませんが、「パンフレットがお洒落だからすごく買いたくなる」といったような体験は遺していきたいですよね。コロナが明けて、「出会う」や「感じる」がより大事な時代になってきたとも思いますから。いま、色々なファッションブランドがECサイトを辞めようとしているんですよ。各店舗でリアルに買ってもらい、そこにしかない限定商品を作る方が売れるんです。「どこでも買える」というのは逆に売れなくなってきていて、逆に「ここでしか買えません」というもののほうが求められている。「足を運ぶ」というところにもう一回戻っている感じがあります

――便利さの飽和状態といいますか……。

やっぱり人がなぜ生まれてきたかって、バーチャルな世界で生きていきたいわけじゃなくてリアルな世界で生きていくためだと思うんです。だから、デジタルもゴールはリアルなんですよね。そのことを忘れてはいけない。僕自身も今後、アートディレクションをやっていく戦略として「フィジカル」を大切にしていきたいと思っています。

《SYO》

関連タグ

SYO

物書き SYO

1987年福井県生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション、映画WEBメディアでの勤務を経て、2020年に独立。映画・アニメ・ドラマを中心に、小説・漫画・音楽・ゲームなどエンタメ系全般のインタビュー、レビュー、コラム等を各メディアにて執筆。並行して個人の創作活動も行う。