『怪物』は生を肯定して終わりたかった

話は『怪物』の制作の話に移る。まずはキャスティングについての話になった。キャスティングは是枝監督、坂元氏、プロデューサーの2人の4人で決めていったという。坂元氏の脚本はキャストが決まっていくことで登場人物の方向性が固まっていったそうだ。さらに子役の2人については、オーディションで坂元氏も立ち会ったとのこと。クラスメイトも含めて、役を変えながら試したそうだが、最終的には全員があの2人以外ありえないと意見が一致したそうだ。
これまでにも、是枝監督は子どもを起用した作品を多く手がけているが、今回はいつもと違うやり方で臨んでいる。普段は子ども自身のパーソナリティに役を寄せていくが、今回は専門家に本を読んでもらい、問題がないか相談して、キャラクターを作り上げていったそうだ。子役の2人には、保険の先生から性的指向や性自認のレクチャーもしてもらったという。その後、是枝監督がスタッフ全員が受講すべきと考え、スタッフ全員がそのレクチャーを受けたという。さらに、撮影時にはインティマシー・コーディネーターが立ち会って行ったとのこと。
坂元氏は、完成した作品を観て、自身の子ども時代を思い返したという。自分の仲の良かった友人が柊木さんの顔になって思い出されるようになったそうだ。
是枝監督は、本作のプロットを読んで、この作品が坂元氏のどの作品の系譜に連なるものかを考えたそうだ。そこで、2007年の「わたしたちの教科書」にも秘密基地が出てくることを見つけ、同作に「世界を変えていけるか」という問いが出てくる、『怪物』には同様の台詞はないが、それを問いかけることが本作を演出する上での一歩目だったと語る。
そのためか、是枝監督は『怪物』について「生を肯定して終わろう」という認識でいたという。本作は火事のエピソードから始まり、嵐という水で終わる話だと解釈し、最後のシーンで坂本龍一氏の『アクア』を使用した。あの曲は何かを言祝いでいるからだと語る。
講義の最後には学生から脚本に対するアプローチの違いを質問され、2人が答えた。
坂元氏は、「視聴者の反応を見ながら変更ができる連続ドラマの脚本との違い、本作の答えはある程度決まっていたのか?」という質問に対して、方法論としてこういう風に描いていけば何かを描けそうだというものは見つけたが、何らかの答えを求めて書くことはないと語る。
また、坂元氏の脚本に対するアプローチについて聞かれた是枝監督は、自分で脚本を書く場合は現場で変えていくことが多いが、今回は決定稿にいたるまでに多く試行錯誤しているため、脚本通りに作っていったそうだ。いつもと異なるやり方で窮屈に感じられたら嫌だなと思っていたが、全くそんなことはなかったそうで、脚本の内容を現場で具現化する作業は変わらないとのことだ。
また、坂元氏は映画には是枝監督が足した台詞もあることを教えてくれた。これが、数は多くないがオセロのように印象を劇的にひっくり返すほど上手い台詞なのだという。子どもふたりがジャングルジムで「じゃあ、準備しなきゃね」という台詞がそれに該当するそうだが、この何気ない台詞がない場合を考えて観てみると面白いだろうという。さらに、校長室での安藤サクラ演じる母の台詞「神崎先生はいい先生でした」も是枝監督が足した台詞だそうだ。是枝監督は、この台詞について、あの校長室に集まった先生の中に濃淡があった方がいいと考えたとのこと。一人だけ誉められることで校長や教頭の目線の芝居が生きてくるので足したという。
坂元氏は、是枝監督は脚本に対してほぼ注文を出さなかったと語る。しかし、ちょっとのことでガラッと印象が変わるんだぞというのを見せつけられたような気分になったようで、是枝監督は日本一脚本が上手いと絶賛していた。