「この作品だからこそ、全国で上映したい」──通信会社のKDDIが『Winny』劇場配給に込めた想い

現在公開中の映画『Winny』でナカチカと共に配給を務めているKDDI。言わずと知れた通信サービス会社はなぜ、配給事業にチャレンジしたのか? プロデューサーを務める金山氏にその真意を伺った。

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『Winny』
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2002年に開発されたファイル共有ソフト「Winny」。画期的な内容で瞬く間にシェアを伸ばしていく一方、違法アップロードが横行して社会問題へと発展。開発者・金子勇の逮捕へとつながっていく。しかしその裏には、国家権力の横暴が潜んでいて……。

実在の事件を松本優作監督、東出昌大と三浦貴大の共演で劇映画化した『Winny』が3月10日に劇場公開を迎えた。本作でナカチカと共に配給を務めているのが、KDDIだ。言わずと知れた通信サービス会社はなぜ、配給事業にチャレンジしたのか? プロデューサーを務める金山氏にその真意を伺った。

『Winny』(C)2023映画「Winny」製作委員会

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作品選びの基準は「顧客満足度」

――そもそも金さんが映像事業に関わられたきっかけは、どのようなものでしたか?

僕がKDDIに入社したときは「電子書籍元年」と言われていて、最初は電子書籍やワンセグの事業を担当していました。その一環で映画の出演者にインタビューする機会があり、「この業界は面白そうだぞ」と興味を持ったんです。そこから出資事業を立ち上げ、同時にKDDIのお客様にどう映画を楽しんでもらえるかを考えて「auマンデイ」等のサービスも始めました。言葉は悪いですが映画には中毒性があって、関わる人たちの「絶対にヒットさせる」という熱に感化され、どんどんのめり込んでいきました

――2010年の『ゴールデンスランバー』に始まり、KDDIは『犬鳴村』『花束みたいな恋をした』等々、様々な作品に出資されてきました。作品選びの基準等はあるのでしょうか。

やはり顧客満足度です。僕たちが抱えているお客様(auスマートパスプレミアム会員)が1,300万人ほどいるとして、皆さんが満足できるような作品を提供したい。となると、お客様は全国にいらっしゃるわけですからどうしても全国規模の作品が中心になります。顧客満足を目指しながら数か所で限定公開される作品に携わるのは「自分が住んでいるエリアで観られない」という問題が生まれてなかなか難しいですから。

ただ一方で、プロデューサーの端くれを目指している身としては『Winny』のような作品をお客様に提供したいとも感じていました。

どうしても『Winny』をKDDIで配給したかった

『Winny』(C)2023映画「Winny」製作委員会

――ちなみに、金さんが『Winny』に携わるようになったきっかけはどのようなものでしたか?

ちょうど2年くらい前に伊藤主税プロデューサーを紹介されて、開発中の脚本を共有いただいたのが始まりです。僕自身もWinny事件をリアルタイムで見ていた人間なので非常に興味を持ち、色々と意見をお伝えしました。その時点で関わりたかったのですが、色々な事情があって実現しませんでした。

そこから1年ほど経ってもやっぱりこの企画が気になっていて「どうなっていますか?」と状況を聞いて、そこから参加することになりました。

――金さんをそれほどまでに引き付けた理由は、どのようなものだったのでしょう。

ひとつはいまお話ししたように、自分にとって身近な事件だったことです。僕自身も当時を経験し、いま通信会社で働いていることもあって「あの出来事をどうしても映画として伝えたい」という気持ちが強くありました。

――それが今回の配給につながったのですね。

これまでも劇場公開と配信が同時の作品などは手がけてきましたが、劇場映画は『Winny』が初です。恐らく、従来であれば本作はミニシアターを中心とした規模感での上映になっていたはず。でも今回は、その部分もチャレンジしたいと思っていました。KDDIが入ることで、シネコンでの全国公開を目指したいと考えたんです。

――その部分、ぜひ詳しく伺いたいです。

これはあくまで自分の考えではありますが――日本国内では多くの作品が製作委員会方式を取っていて、複数の企業が資金を持ち寄って1つの映画を作っていきます。それによって宣伝も含めたバジェットが決まっていき、「であればこれくらいの興行収入を目指さないといけない」という計算式が成り立つ。そして、作品の内容がいわゆる一般的なものでなければ「観たい人に観てもらえばいい」という方針で、ミニシアター中心の上映になるパターンが多いかと思います。『Winny』も当初はその“通例”に則ったものだったかと思いますが、僕は逆に「こういう作品だからこそ全国で観てほしい」と感じました。

KDDIは「auマンデイ」や「auシネマ割」で様々な劇場と組んでいるので、その縁を活用して劇場さんにご相談していきました。

業界外から日本の映画文化に刺激を与えていきたい

KDDI株式会社の金氏。

――いまのお話を伺っていても、作品に対する熱を感じます。

宣伝会議の場の熱量も、全く違いましたね。みんなが言いたいことがたくさんあって、なかなか決まらない(笑)。宣伝チームは全体をまとめ上げるのに苦労したかと思いますが、それだけ熱い思いを持っている人が多いんだと感じました。ここまでの熱の高さは、僕の経験では初めてです。

社内でも、本作への関心度は高かったですね。これは僕の憶測ですが、Winny事件があったからこそ著作権問題やDRM・セキュリティなどへの関心度が高まったのでないかと思います。例えば動画が流出しないようにセキュリティを上げたりと、この事件を機に発展した側面は少なからずあるはず。僕たち(KDDI)にもつながる話ですし、本作を自分たちが手掛ける意義を感じていますもちろん、Winny事件によって新しいサービス開発が遅れたのは間違いないですが。

僕たちができることは、映画を広げていく役割。先ほどお話ししたように、製作委員会の規模感が上映館数に比例するのが国内の常態ですが、それを変えるお手伝いがしたいと思っています。

――地方では「観たい作品が地元で観られない」悩みがあります。最寄りのシネコンで多様な作品に触れられたら、最高ですよね。

僕は韓国出身で20年ほど前に日本に来たのですが、日本のサブカルチャーに対する関心は非常に高いと感じました。日本は年間の上映本数が約1,200本ですが、これだけの数の新作映画を劇場公開している国は、世界を見渡してもなかなかないと思います。

一方、『アバター』や『アベンジャーズ』のような大ヒット作が日本では初登場1位を取れないところを見ても、日本に住む人の趣味嗜好は多様化している。作品のバリエーションの多さからもわかる通り、個々人の趣味嗜好が尊重されている国なんです。

しかし、シネコンも興行ですからどうしても最大公約数をとってメジャー作品を中心とした編成を組まざるを得ない。結果、どこに行っても同じ作品がかかっている状況になってしまうわけです。つまり、多様化する趣味嗜好にラインナップが合っていないんですよね。様々な映画館の方と話していても「これで本当にいいのか」という考え方を持っていらっしゃる方も多いですし、『Winny』を皮切りに届けたい作品を届けるためのビジネスモデルを作れないかと考えています

もちろん、映画を配給するのは配給会社が最も長けているかと思います。ただ一方、僕たちみたいに業界の慣例を知らない外側の人間だからこそ与えられる刺激もあるはず。そして、映画を応援したい企業や人が増えることで、この国の文化度が上がっていくと信じています。


『Winny』

監督・脚本:松本優作

出演:東出昌大 三浦貴大

皆川猿時 和田正人 木竜麻生 池田大

金子大地 阿部進之介 渋川清彦 田村泰二郎

渡辺いっけい / 吉田羊 吹越満

吉岡秀隆


企 画: 古橋智史 and pictures プロデューサー:伊藤主税 藤井宏二 金山

撮影・脚本:岸建太朗 照明:玉川直人 録音:伊藤裕規 ラインプロデューサー:中島裕作 助監督:杉岡知哉

衣裳:川本誠子 梶原夏帆 ヘアメイク:板垣実和 装飾:有村謙志 制作担当:今井尚道 原田博志 キャスティング:伊藤尚哉

編集:田巻源太 音響効果:岡瀬晶彦 音楽プロデューサー:田井モトヨシ 音楽:Teje×田井千里

制作プロダクション:Libertas 制作協力:and pictures 配給:KDDI ナカチカ 宣伝:ナカチカ FINOR


製作:映画「Winny」製作委員会(KDDI Libertas オールドブリッジスタジオ TIME ナカチカ ライツキューブ)

原 案: 朝日新聞 2020年3月8日記事 記者:渡辺淳基

2023 │ 127min │ color │ CinemaScope │ 5.1ch

(C)2023映画「Winny」製作委員会


公式HP:https://winny-movie.com/

Instagram:winny_movie

Twitter: @winny_movie

《SYO》

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SYO

物書き SYO

1987年福井県生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション、映画WEBメディアでの勤務を経て、2020年に独立。映画・アニメ・ドラマを中心に、小説・漫画・音楽・ゲームなどエンタメ系全般のインタビュー、レビュー、コラム等を各メディアにて執筆。並行して個人の創作活動も行う。

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