「エンタメ界の大統領選挙」。そう呼ばれるのが、アカデミー賞レースだ。オスカー像がもたらす栄光と利益を求める映画スタジオや俳優たちは、選挙運動のように「オスカーキャンペーン」を行ってしのぎをけずっていく。このレース自体がひとつのエンターテインメントと言っていい。
主たるキャンペーンは、投票権を持つ約9,600人の映画芸術科学アカデミー会員に「映画を観てもらって投票してもらうこと」。アカデミー賞の戦線に乗るには、選考投票に競り勝ちノミネーション指名を受けなければいけない。スタジオ側は、数ヶ月かけて監督やキャストが登壇するイベントに会員を招待したり、業界紙や街頭に「投票を検討して」と訴える広告を掲載したりするわけだ。
多くの票を掴むには、会員に「受賞させたい」と思わせる「物語性」戦略が強力とされる。大統領選挙で例えるなら、バラク・オバマの「Yes, We Can/HOPE (希望ある変化の物語)」、ドナルド・トランプの「MAKE AMERICA GREAT AGAIN(力強いアメリカ復活の物語)」スローガンがこれにあたる。これらのいいとこどりをしたようなキャンペーンを打ったのが、トム・クルーズの大ヒット作『トップガン マーヴェリック』 。ハリウッドに掲げられた看板に記された言葉は「BELIEVE IN MOVIES AGAIN(映画をもう一度信じるんだ)」 。「時代遅れ」扱いされるパイロットの物語と商業的危機に陥る劇場文化のリンクを強調し、映画人に希望を与える……力強いメッセージ性が功を成し、作品賞ふくむ6部門ノミネートを達成した。
映画界らしく華やかになるのは、オスカー前哨戦が立て続くアワードシーズンだ。大衆の注目も浴びるため、目立ちすぎると諸刃の剣になったりもする。1月のゴールデングローブ賞では『エルヴィス』オースティン・バトラーが(自身が演じた)エルヴィス・プレスリーのアクセントで主演男優賞の受賞演説を行った。これは「演技にのめりこむあまり役と一体化した役者魂」の物語戦略ととらえられる。しかし、撮影自体は約2年前に終わっていたこと 、ボイスコーチが「あの発音は一生残る」と大胆に加勢したことも働き、インターネットで「オスカー狙いが明け透け」だと面白がられていき、新作『DUNE2(仮題)』の共演者であるデイヴ・バウティスタが「撮影現場ではエルヴィスの喋り方じゃなかった」 と明かすまでに至った。結局、無事オスカー候補になったバトラー当人が路線変更のコメントを出した。「アクセントはとりのぞきつつあります。でも、声帯は傷ついたままでしょう。1曲ごとの収録に40テイクも行ったので」 。エルヴィス・プレスリーのアクセントで受賞演説を行うオースティン・バトラー
今年は大波乱も起きた。