映画の字幕や音声ガイドを自分のスマートフォンで利用できるアプリ「UDCast MOVIE」が、2016年の社会実装から10年を迎えた。全国の映画館で鑑賞サポートを受けられる環境は整いつつある。一方で、国内の公開作品のうちバリアフリーに対応しているのは1割強から2割弱にとどまる。同アプリを開発・提供するPalabraは10月9日、内閣府が東京駅丸の内エリアで開いた「ともともフェスタ2026~出会う、ふれあう、未来がかわる~」でトークショーを行った。映画監督の深田晃司氏らが、バリアフリー対応を進めるための財源確保や、障害当事者と共につくる制作体制など、業界が抱える課題について議論した。
登壇したのは、深田氏、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員の大河内直之氏、Palabra代表取締役の山上庄子氏の3人である。それぞれの立場から映画のバリアフリー化に関わってきた3人が、この10年を振り返りつつ今後のあり方を語った。
対応作品は公開本数の1割強から2割弱、10年で整った鑑賞環境と残る壁
国内では日本映画が年間約600~700本公開されており、外国映画を合わせると年間約1,200~1,300本にのぼる。このうち、UDCast以外のサービスを含むバリアフリー対応作品は、年間約150~200本弱にとどまる。公開作品全体の1割強から2割弱という水準であり、普及は道半ばといえる。
ここでいうバリアフリー対応とは、主にバリアフリー字幕と音声ガイドを指す。バリアフリー字幕は主に聴覚に障害のある観客に向けたもので、セリフに加えて話者名や効果音、音楽などの「音」の情報を文字で示す。音声ガイドは主に視覚に障害のある観客に向けたもので、情景や人物の動き、テロップといった「画」の情報をナレーションで説明する。バリアフリー字幕には、スクリーンや舞台背景に表示するオープン方式と、ツールを使うクローズ方式がある。音声ガイドにも、会場全体に聴こえるオープン方式や、ツールを使うクローズ方式などがある。
作品数の伸びはまだ限られるものの、鑑賞の手段はこの10年で大きく変わった。大河内氏は、先天性緑内障により4歳で全盲となった視覚障害の当事者である。NPO法人バリアフリー映画研究会の理事長や内閣府障害者施策アドバイザーも務めている。同氏によると、映画のバリアフリー化は25~26年前から取り組まれていたものの、長くボランティアによる地道な作業に頼ってきたという。
2014年には、映画製作者が制作段階からバリアフリー化に関わる仕組みを目指し、大河内氏と映画プロデューサーの山上徹二郎氏らが「バリアフリー映画研究会」を設立した。行政、製作者、障害当事者、研究者との議論を重ね、2016年にUDCast MOVIEの社会実装が始まった。同アプリは無料で、利用者が自分のスマートフォンにインストールして使う。上映に合わせて字幕や手話、音声ガイドを自動で再生する仕組みだ。
山上氏はアプリ以前の状況を「全国各地に出向き、手動で音声を流してラジオを貸し出すスタイルを長く続けてきた」と振り返る。そのうえで「スマートフォンの普及に伴い、全国どこの映画館でもスマホとイヤホンで音声ガイドを利用できる環境が少しずつ整った」と話した。大河内氏も、この変化を「視覚障害のある方にとって大きな一歩だった」と評価した。

深田監督「人権の問題」、財源と制作体制で問われる作り手側の意識
環境が整ってきた今、次の課題は作り手側にあるというのが登壇者に共通する認識だ。深田監督は、対応の遅れを文化へのアクセス格差の問題と位置づける。「目が見える・音が聞こえる人は、どんな作品でも自由に選んで楽しむことができる。一方、バリアフリーが不十分だと、その自由が制限され、文化へのアクセスに格差が生じてしまう。誰もが文化にアクセスする権利を持つ以上、これは人権の問題だ」と述べた。そのうえで「映画の製作者側が財源を確保する仕組みから変えていく必要がある」と訴えた。

対応作品の数に加えて、制作の質も論点になった。大河内氏は、UDCastは単なる配信手段にとどまらないと強調し、「監督の意図とユーザーのニーズをすり合わせる中で、本質的なバリアフリーのあり方を探り、作品づくりにつなげてきた」と、この10年の意義を語った。
深田監督自身も、こうした制作に関わってきた一人だ。2018年の『海を駆ける』からUDCastと協業している。その後も、ろう者の俳優・砂田アトム氏を起用した『LOVE LIFE』(2022年)や、第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品され、9月25日に公開された松たか子主演の最新作『ナギダイアリー』で、字幕と音声ガイドの対応を続けている。
その経験から深田監督は、Palabraが字幕や音声ガイドの制作過程で開いている当事者モニター会の重要性を強調した。一方で、別のバリアフリー字幕制作会社では、当事者が不在のまま、プロデューサーだけで議論が進められる例もあると指摘した。その背景について「マジョリティ側の傲慢さや、『与えてやる』という感覚があるのではないか」と述べた。そのうえで「当事者の声を聞かずにバリアフリー版をつくってしまうような、作り手側の意識を変えていく必要がある」と、業界全体に意識改革を求めた。自身についても「慢心することなく、劇場で字幕付き上映を楽しめる環境を変えていけるよう取り組みたい」と語った。
大河内氏も「深田監督のような、バリアフリーに意識を向けてくださる映画製作者を増やしていきたい」と述べた。そのためには、まず質の高いバリアフリー作品をつくり、多くの人に体験してもらうことで関心を広げることが重要だとした。
福祉にとどめず「観客を増やす」取り組みへ、スマート眼鏡の体験も
バリアフリー対応を福祉の枠にとどめず、映画や演劇を観る人を増やす取り組みと捉える視点も示された。山上氏は、同社が13年にわたり続けてきた字幕制作について「単に福祉のためだけでなく、映画や演劇を観るお客様を増やすことも目指している」と語った。
Palabraはポールトゥウィンホールディングスのグループ会社だ。1960年に株式会社第一書林として設立され、2013年に現社名へ変更した。日本語字幕や多言語字幕、音声ガイド、手話映像の制作に加え、UDCastの開発・運営、上映に関するコンサルティング、研修事業などを手がける。UDCastは、同社が提供するバリアフリーの情報や相談が集まるプラットフォームサービスの総称である。
会場では、UDCast MOVIEと、舞台作品向けの貸出専用アプリ「UDCast LIVE」を使った字幕の体験ブースも設けた。従来のタブレット型端末に加え、スマート眼鏡「SABERA」のモニター体験も実施し、一般の来場者や事業者が字幕による鑑賞サポートを体験した。同社がフェスタに参加するのは今回が初めてである。同フェスタは、障害の有無にかかわらず誰もが共に楽しみ、相互理解を深めることを目的に、内閣府とともともフェスタ2026実行委員会が主催した。








