味の素・ライオンが語るマーケティングの再設計 ── 選ばれ続けるブランドは組織から設計

・2026年6月18日、第19回 コンテンツ東京で味の素・ライオンのマーケター登壇
・味の素はSNS分析とPESO設計を活用し、組織横断型マーケティング体制を構築
・ライオンは事業とコミュニケーション部門を一本化し、インサイト起点への転換を推進

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味の素・ライオンが語るマーケティングの再設計 ── 選ばれ続けるブランドは組織から設計
味の素・ライオンが語るマーケティングの再設計 ── 選ばれ続けるブランドは組織から設計

2026年6月18日、東京ビッグサイトで開催された第19回 コンテンツ東京のセミナーステージに、日本を代表する消費財メーカー2社のマーケティング責任者が並びました。

味の素株式会社マーケティングデザインセンター センター長の向井育子氏と、ライオン株式会社マーケティングデザインセンター部長の大村和顕氏が登壇。セッションの司会は株式会社クー・マーケティング・カンパニー代表取締役の音部大輔氏が務めました。

テーマは「選ばれるブランドは何を設計しているか」。およそ1時間のセッションから、現代のブランド設計の核心が見えてきましたので、本記事でレポート形式でお届けします。

左から音部大輔氏、向井育子氏、大村和顕氏

「誰も見ていない」メッセージの危機

向井氏は、世の中に流通する情報量と一人の人間が実際に接触できる情報量の乖離について説明しました。「世の中に出ている情報のほとんどは、誰にも届かないまま終わってしまう」と向井氏は述べました。

食品の老舗メーカーである味の素にとって、この現実は危機でした。従来型のマス広告中心のコミュニケーションでは、ライフスタイルが多様化した生活者に届きにくくなっています。「食以外の情報が増え、ネットで完結する購買が当たり前になった。今までのビジネスを続けていると、選択肢にすら入れてもらえなくなり、従来のやり方だけでは将来の成長が難しくなる」と向井氏は語りました。

この危機感が、2023年4月に発足した味の素のマーケティングデザインセンターの原点です。それまで分断されていたR&D(研究開発)・事業部・コミュニケーション部門の三つの機能を横断し、生活者の変化に対してアジャイルに動ける体制を目指しました。

リミッターを解除した麻婆豆腐

具体的な取り組みとして紹介されたのが、「Cook Do」極(プレミアム)シリーズのキャンペーンです。2023年8月に発売されたこのプレミアムラインは、「リミッター解除」というコンセプトを軸に設計されました。

出発点はSNS上の声でした。「市販の調味料では本格的な麻婆豆腐には届かない」という生活者の声をデータとして拾い上げ、1問1問のネットリサーチを積み重ねてホワイトスペースを探しました。「グルインではなく、SNSの声の解析とリサーチを組み合わせて、こだわり抜いた本格派へのニーズを確認した」と向井氏は説明します。

「リミッター解除」は生活者へのメッセージでありながら、社内への号令でもありました。「私たちは安全・安心のために丸いものを作りがち。そこを気合いを込めて突き破らなければならない、という意味でもある」と語ります。このコンセプトのもと、稀少な花椒など本格的な調味料を用い、広告はファッションショーを想起させる非商品的なビジュアルを採用。従来の商品訴求から離れたクリエイティブ表現に挑戦しました。

コミュニケーション設計はPESO(Paid=広告費を払うメディア、Earned=メディアや第三者に取り上げてもらうもの、Shared=SNSで拡散されるもの、Owned=自社メディア)を組み合わせた連動型です。発売前からの話題化、SNSでのUGC(ユーザー生成コンテンツ)の拡散、そのUGCをオウンドメディアでブーストするという流れをあらかじめ設計しました。「IMC(統合マーケティングコミュニケーション)の考え方自体は新しくありませんが、生活者をどう巻き込み、共創していけるかを最初から設計することで、一方的な広告とは違う熱量が生まれました」と向井氏は振り返ります。

受託側から見えた問い

大村氏のキャリアは、消費財メーカーとはかけ離れた場所から始まりました。SIerでLinuxエンジニアとして働いた後、デジタルエージェンシーのIMJ(現アクセンチュア)でナショナルクライアントのデジタル戦略策定やウェブサービス開発を担当しました。その過程でライオンのプロジェクトを受託する立場として関わるうちに、「なぜ本質的にやるべきことや必要な提案をしても、受け入れられないのか」という疑問を持ち続けました。

「受託側にいると、改善提案はできても、なぜ実行されないのかが見えない。事業の内側から確かめてみたかった」(大村氏)。2017年にライオンへ入社したのはその理由からです。

内側に入って気づいた答えは、「できるかできないかではなく、やるかやらないか」でした。提案が実現しない要因として大村氏が挙げるのは、担当者が上司に説明しきれないというだけで採用されないことがよくあります。「受託やベンダーの皆さんが事業部側の担当者を動かすためには、担当者が上司に通せるよう支援することがとても大事です」と会場に語りかけました。

宣伝部からの変遷が示すもの

ライオンのマーケティングデザインセンターは、2026年1月に旧ビジネス開発センターを改組して発足しました。2017年の宣伝部からコミュニケーションデザイン部への改称を機に、体験設計(UX/UI)や新規事業開発を取り込みながら、エクスペリエンスデザイン部、ビジネス開発センターと変遷してきました。

2026年は、それまで別々だった事業部門とコミュニケーション部門が初めて一本化された節目です。「ブランドは、かつてはメッセージと大量のメディア投下でごまかすことができた時代があったかもしれません。しかしサプライチェーンの大量廃棄や強制労働の問題が可視化される今、ビジネス全体の実態がそのままブランドの信頼に直結します。だからブランドはビジネス全体で作らなければならない」と大村氏は語りました。

大村氏がもう一つ問題として挙げたのは、シーズや目先の課題を起点にした仮説設計です。「『なぜこれを買わないのか』と生活者に聞いても、買わない理由は買う理由ではありません。そこから出てきた仮説で改善しても、売れない」。ライオンは今、社会潮流から生活者のポジティブなインサイトを発掘し、自社の技術シーズと掛け合わせてコンセプト化するという流れへの転換を進めています。大村氏はリフレームの例として、IMJ在籍時代に携わったバファリンのキャンペーン「タイミングボックス」を挙げました。「頭痛の対症療法」という機能的価値を「自分がやりたいことを実現するための選択」という視点に転換して伝えたこの経験が、現在の仕事の考え方に通じていると語りました。

組織をまたぐ知識の継承が次の課題

セッションを締めくくった音部氏は、両社の取り組みを「全マーケティングプロセスでの連携強化」として整理しました。専門性を持つ部門が独立しながら、同時に全プロセスを通じて連携を深めるという組み合わせが、今後も各社で模索されていくだろうと述べました。

同時に、この種の横断組織が直面する構造的な課題として、人事異動による知識の断絶を挙げました。「ブランドは数十年単位で生き続けますが、メンバーは3~6年で大きく入れ替わります。この人事異動に対して組織として知識と経験をどう継承するか、あるいは共通言語をどう構築するかを、これから各社が探求していくのではないか」。音部氏のクー・マーケティング・カンパニー社と、AI企業であるマインディア社が連携して開発された「ブランドコーテックスOS」というブランドマネジメントのOSも、ベータ版で実装実験が進んでいるといいます。

「選ばれ続けるブランドは何を設計しているか」という問いに対し、向井氏と大村氏が示した答えは、コミュニケーションだけを切り出すのではなく、組織全体の構造を問い直すことでした。それは一度設計すれば完成するものではなく、人の入れ替わりや市場の変化に対応し続ける、継続的な設計作業です。

両社が自社の変革プロセスを失敗の経緯や現在の課題も含めて率直に語ったことにより、このセッションを抽象論ではなく現場実践レベルの交換場になりました。マーケティング組織の再設計という正解のない問いに、今まさに取り組んでいるという事実そのものが、会場の聴衆を前のめりにさせたのではないでしょうか。

《杉田大樹@MediaInnovation》