登壇者は、中国電影家協会副主席で清華大学教授のYin Hong氏、アニメーション監督のLi Wenyu氏、プロデューサーのAllison Lok Kam Yuen氏、XRBB代表でStudio DeussenのTim Deussen氏、SenseTimeでAIGC部門のバイスプレジデントを務めるWang Zibin氏。進行役は、中国と欧州の共同製作にも長く関わってきたイタリアの監督・プロデューサーCristiano Bortone氏が務めた。

セッションでは、AIが映画制作の現場にもたらす変化を、創造性、作家性、産業構造、倫理規範、国際共同製作といった複数の視点から議論する白熱したものとなった。
中国映画市場の規模と国際展開
セッション冒頭、中国映画市場の現状を伝える映像が流された。2023年の興行収入は74億5000万ドル、観客動員は12億9800万人。都市部のスクリーン数は8万6310で、世界最大の規模を維持している。
製作された映画は同年764本、うち長編は511本。2024年の春節興行では8億1400万ドルを稼ぎ、1億2000万人を動員したという。

海外展開も進んでおり、中国映画祭や上映イベントはロシア、カンボジア、イタリア、エジプト、サウジアラビア、ドイツ、英国、南アフリカなど43の国と地域で開かれている。国際協力に向けた中国映画産業の姿勢が、以前にも増して開かれつつあることが感じられる。
この巨大な国内市場を抱える産業が、生成AI、バーチャル制作、XRといった新技術をどう受け止め、世界の映像産業とどうつながっていくのかが議論された。
映画はもともと「構築された芸術」である
最初の論点は、AI時代における作家性の問題だった。
Bortone氏は、映画誕生の地フランスでバザンやベンヤミンが現実の再現性や複製芸術について論じてきた歴史を踏まえ、AIが「複製」や「真正性」の輪郭をさらに揺さぶる中で、作家の役割をどう守るべきかと問いかけた。
これに清華大学教授のYin氏は、映画は誕生のその瞬間から「構築された芸術」だったと応じた。リュミエール兄弟の『ラ・シオタ駅への列車の到着』ですら、単なる現実の記録ではなく、カメラの位置や画面構成といった演出の産物だという。

ベンヤミンが批判していたのは技術そのものではなく、商業的な力が芸術家の個性を押しつぶす構造だったとYin氏は説明。AIの登場も、映画芸術と必ずしも対立せず、使い方しだいで、作り手の個性や想像力、表現力を解き放つこともできると主張する。問われるのは、誰が何のために使うのかだ。
Yin氏は、AIが映画にとどまらず、人間の存在そのものに問いを突きつけているとも語った。何が本物で、何が仮想なのか。これは映画産業だけの課題ではなく、人類全体が向き合うべき問題だとした。
「人間は機械の主人であり続けられるのか。それとも機械の奴隷になるのか」。Yin氏のこの問いかけが、セッション全体の通奏低音になった。









