東京国際映画祭と併催されたコンテンツマーケット「TIFFCOM 2025」において、一般社団法人放送コンテンツ海外展開促進機構(BEAJ)主催のスペシャルセッション「放送コンテンツの海外展開最前線」が開催された。
本セッションでは、BEAJ会員社である日本の放送局や制作会社による国際共同製作の実例、地方局による新たな挑戦、そしてBEAJによる支援事業の紹介が行われた。
モデレーターはBEAJ事務局長の秋山大氏が務め、従来の海外番組販売に留まらず、国際共同製作に取り組み始めた放送局の最新動向などについて、具体的な事例と取り組みが当事者たちから語られた。
WOWOWとアックスオン:北欧ミステリードラマをフィンランドと共同製作
セッションは、株式会社WOWOWの高嶋ともみ氏と、株式会社日テレアックスオンのダニエル・トイヴォネン氏の登壇から始まった。両社は、フィンランドの制作会社ICS Nordicとの国際共同製作ドラマ『BLOOD & SWEAT』の事例を紹介。

本作は8話構成の北欧が舞台のミステリー作品で、メイン言語は英語となる。2023年11月にプロジェクトがスタートし、放送は2026年を予定しているという。
脚本開発は2024年3月から始まったが、8話分のオリジナルストーリーを、まず英語でプロットラインを開発し、各国プロデューサーの承認を得ながら脚本を執筆、その後日本語とフィンランド語に翻訳して、セリフをブラッシュアップするという工程を繰り返した。翻訳後に生じる会話の不自然さや辻褄のずれなどを修正するため、再度英語のスクリプトに戻って修正する作業に多くの時間を費やす必要があったという。
この発表で重要な点は、日本とフィンランドでの労働環境の顕著な違いについて語られたことだ。フィンランドでの撮影は、労働組合によって厳格にルールが定められており、撮影は原則1日10時間が基本で、延長しても12時間まで伸ばせるがその場合は休みを増やして週4日労働にする必要があったという。また、スタッフの各パート(衣装、小道具など)のビジョンが尊重され、監督がすべてを決める日本式とは異なる点も指摘された。
一方、日本での撮影は、逆にフィンランドチームが日本の制作体制(週6日撮影や長めの撮影時間)に合わせる必要があったという。また、フィンランド人監督やスタッフが求める「日本らしさ」のイメージと、実際の現代日本の姿とのギャップがあり、描写の正確性の調整に苦心した点も語られた。
ダニエル氏は、国際共同製作における課題として「最終決定権を誰が持つのか、指揮系統を最初にはっきりさせておくこと」の重要性を強調した。

朝日放送テレビ:NBCや韓国との「共創」事例
続いて、朝日放送テレビ株式会社(ABCテレビ)の辻史彦氏が登壇。大阪を拠点とする同局の強みと、海外パートナーとの「共創(コ・クリエーション)」戦略について語った。
辻氏は、ABCテレビのDNAとして「笑い泣き」(笑って最後に泣ける)の文化が根付いていると説明。『M-1グランプリ』や『芸能人格付けチェック』、『ポツンと一軒家』などのヒットコンテンツを例に挙げ、ただ面白いだけでなく、好奇心を起点に感動へ結びつける展開や、結末が予測不可能な「予定不調和」のコンテンツを得意としていると自己分析した。
ABCテレビは、この自社の「企画開発力・制作力」と、海外パートナーが持つ「海外市場のニーズ把握力」「マーケティング力」「グローバルなネットワークセールス力」を組み合わせる「共創」を戦略の柱に据えていると辻氏は語る。

具体的な協創事例として3つの番組が紹介された。NBCユニバーサルフォーマットと共同開発した『シークレットゲームショー』は、日常生活の場が突然ゲームショーになるというコンセプトで、制作はABCテレビが担当。海外セールスはNBCUが担当し、C21国際コメディー部門最優秀賞などを受賞した。
韓国のDI TURNとシンガポールのEmpire of Arkadiaと共同製作した『Miracle100(ミラクル ワンハンドレッド)』は、参加者の合計年齢が100歳でないと出場できない音楽番組。ContentAsia Awardsで二冠を受賞するなど高く評価された。
バラエティだけでなく、ドラマでの協創も始まっている。韓国の制作会社IMAGINUSと提携し、グローバル展開を見据えたドラマを現在開発中とのことだ。
NHKエンタープライズ:国際共同制作を成功に導く「強み」の理解
株式会社NHKエンタープライズ(NEP)の小谷亮太氏は、長年の中国との国際共同制作の経験に基づき、成功の鍵となる「強み」の相互理解について講演した。
小谷氏は、国際共同制作の意義を「各チームがそれぞれの強みを持ち寄ること」だと語る。その一例として、中国中央電視台(CCTV)の制作部門CMGとの共同制作を挙げた。

中国側パートナーの「強み」は、ジャイアントパンダや、世界遺産、シルクロード、三国志など、日本の視聴者が強く関心を持つ素材をたくさん抱えていることだと語る。また、パンダの撮影に必要な許可取得など、中国国内での複雑な交渉を完遂できること、優れた美術クルーや撮影チーム、機材をもっていることが挙げられた。日本側の優れたディレクターと中国の優秀な撮影クルーが互いに長所を発揮することでより良いものになるという。小谷氏は、国際共同制作の成功の秘訣は「互いの強みを理解し、互いのバックヤード、つまり厨房を見せ合うこと」であると結論付けた。
テレビ宮崎:ローカルコンテンツバンク(LCB)プロジェクトの挑戦
株式会社テレビ宮崎の大山真一氏は、これまでの3セッションとは異なる視点から、ローカル局のコンテンツを活用する新たな取り組み「ローカルコンテンツバンク(LCB)」について紹介した。

地方局は日々の情報番組で、グルメや観光などについて放送しているが、こうした情報は価値あるものでありながら、マネタイズに結び付いていなかったと大山氏は語る。この課題を解決するため、放送サービス高度化推進協会(A-PAB)の支援のもと、日本国内のローカル局63社が参加する実証事業としてLCBプロジェクトが始まったという。
LCBの狙いは、ローカル局の動画コンテンツを「貯めて、整える」ことにある。各局からアップロードされた動画に対し、AIを活用してキーワード、タグ、概要文などのメタ情報を付与して検索性を高めている。さらに、共通タグを持つ動画を、放送局の垣根を越えて集め、長尺のプレイリストとして生成できるという。生成されたプレイリストはTVerなどで国内向けに配信されているそうだ。

大山氏は、今後の取り組みとして、動画コンテンツの文字起こしとタイムコードを連動させた「字幕ファイル出力」に対応させたいと語る。そして、このLCBシステムで集積・整理された日本の豊富なローカルコンテンツを、国内だけでなく海外に販売していきたいと意欲を示した。
日本の放送コンテンツ売買するオンラインカタログ
最後に、主催者であるBEAJの落合俊輔氏が登壇し、BEAJの活動内容と、海外展開支援の具体的な施策について説明した。
BEAJは、NHK、民放キー局、ローカル局、制作会社、広告代理店など現在95社が会員として加盟し、日本の放送コンテンツの海外展開を支援する一般社団法人だ。

主な支援活動は、MIPCOM(カンヌ)やATF(シンガポール)などの国際コンテンツ見本市においてプロモーションイベントを主催したり、ジャパンパビリオンの運営を行うといったリアルな支援、そして、海外事業者向けのオンラインカタログ「Japan Program Catalog (JPC)」の運営というオンライン支援だ。
JPCは、キー局からローカル局、制作会社まで、各社が持つカタログを集約した「ワンストップのポータルサイト」で、50社以上が参加し、1700本を超える作品が登録されている。海外バイヤーの登録者数も85カ国、1000人以上にのぼるという。バイヤーはサイトを通して各セラーに直接コンタクトできる利便性が特徴だ。また、日本のセラーは海外契約書のひな形を利用できる。
落合氏は、BEAJが日本の事業者と海外のバイヤーやプロデューサーを繋ぐハブとして機能していると述べ、海外展開を目指す事業者に積極的な活用を呼びかけた。
日本の放送コンテンツの海外展開が、従来の完成番組販売という形だけでなく、企画開発段階からの「国際共同製作」、そして地方に眠るコンテンツを発掘・再編するなど、より多角的かつ戦略的なフェーズに入っていることがよくわかるセッションとなった。









