Netflixは、日本でのサービス開始10周年を記念し、次世代のクリエイター育成を目的とした新プログラム「Netflix クリエイターズ道場」を始動させた。その第一弾として2025年9月26日、大阪・関西万博の米国パビリオンにて、映画監督でありテレビやストリーミングシリーズの監督も務めるマイケル・レーマン氏を招いたマスタークラスが開催された。関西圏のクリエイターを中心に約70名が参加した本イベントでは、「ストリーミング時代のディレクターの役割」をテーマに、現代の映像制作における監督の立ち位置と、映画とシリーズものの構造的な違いが明らかにされた。

映画は監督、テレビは脚本家のメディア、その起源
レーマン監督はまず、映画とテレビシリーズにおける監督の役割が根本的に異なると指摘した。「映画は監督のメディアであり、テレビは脚本家(ライター)のメディアである」とレーマン監督は語る。
この違いの根源は、それぞれのメディアの成り立ちにあると監督は説明する。映画はサイレント映画から始まり、当初から視覚的な物語(ビジュアルストーリーテリング)がその中心にあった。そのため、映像を司る監督が作品の作家と見なされる文化が根付いている。
一方、米国のテレビはラジオから発展したメディアだ。ラジオドラマのように、物語は主に音声と「言葉」によって語られてきた。この歴史的背景から、テレビシリーズにおいては言葉を紡ぐ脚本家が物語の継続性を担い、制作の主導権を握る構造が確立された。レーマン監督は、「ハリウッドの映画システムでは監督が脚本家を解雇できるが、テレビでは脚本家が監督を解雇できる」と述べ、その力関係の違いを明確にした。

「神」とも呼ばれるショーランナー、その絶大な権限と役割
ストリーミングサービスが主流となった現代のシリーズ制作において、最も重要な存在が「ショーランナー」だ。レーマン監督は、この役職を「神(God)に例えられることもある」と表現し、その絶大な権限を解説した。
ショーランナーは、基本的にシリーズのヘッドライター(脚本家)であり、作品の企画立ち上げから関わる。その権限は多岐にわたり、脚本家チームや各エピソードの監督を自ら雇用する。さらに、脚本の執筆から撮影、そして映画では監督が担うことの多い編集(ポストプロダクション)に至るまで、クリエイティブに関する全ての最終決定権を握る。
なぜなら、何シーズンにもわたって続く可能性のあるシリーズ作品において、物語の一貫性や継続性を担保するのは、監督ではなく脚本家チームだからだ。監督は特定のエピソードを担当するために一時的に参加するが、ショーランナーと脚本家チームは常に作品に残り、その世界観を守り続ける。このシステムが、ストリーミング時代の長編シリーズ制作を支える根幹となっているとレーマン監督は説明する。

ストリーミング時代の監督の役割 ― 制約の中でいかに創造性を発揮するか
では、ショーランナーが絶対的な権限を持つシリーズ制作において、監督はどのような役割を担うのか。レーマン監督は、監督をオーケストラの「指揮者」に例え、多くのアーティストとの共同作業をまとめ、作品を「視覚化(ビジュアライズ)」することが最も重要な仕事だと語った。
セット現場では監督がすべてを指揮し、特に「俳優との仕事(演出)」は監督にしかできない重要な役割だとレーマン監督は力説する。俳優の演技を引き出し、キャラクターの感情や動機を映像に落とし込む作業は、監督の腕の見せ所だという。
しかし、シリーズの監督は、ショーランナーが作り上げた作品全体のトーンやスタイルを理解し、それに沿った演出を求められる。映画監督としてキャリアをスタートさせたレーマン監督自身、当初は脚本家に指示されるというテレビのシステムに戸惑い、不満を感じたこともあったという。だが、経験を積む中で「制限がある中でクリエイティビティを発揮する方法」を見出し、ショーランナーとの密な対話、特に脚本の意図やトーンを確認する「トーン会議」が極めて重要だと強調した。監督は、ショーランナーという強固なビジョンを持つ「神」と協業しながら、自らの作家性を発揮していくことが求められるのである。

ショーランナーへの道と、監督という仕事への情熱
マスタークラス終了後の個別取材で、レーマン監督はさらに踏み込んだ見解を語った。シリーズ制作の頂点に立つショーランナーになるためのキャリアパスについて問われると、監督は「ほとんどの場合、脚本家としての経験を積むことから始まる」と答えた。脚本家としてシリーズ制作に参加し、徐々に責任ある立場を任され、最終的に全体を統括するショーランナーへと昇格していくのが一般的だという。興味深いことに、レーマン監督自身の息子も脚本家としてのキャリアを歩み、現在はショーランナーとして活躍していることを明かした。

一方で、レーマン監督自身は、今後も監督として現場にこだわり続けたいと語る。「私はセットにいるのが好きなんです。俳優やスタッフと直接対話し、その場でクリエイティブな決断を下していくプロセスこそ、この仕事の醍醐味だと思っています」。
ショーランナーが全体を設計する建築家だとすれば、監督は現場でその設計図を具現化する指揮官と言える。ストリーミング時代の複雑な制作体制の中で、それぞれの専門家が自身の役割を全うし、協力し合うことで、世界中の視聴者を魅了する物語が生み出されている。今回の「クリエイターズ道場」は、そのリアルな構造と、クリエイターとしての情熱を日本の若き才能たちに伝える貴重な機会となった。
【登壇者プロフィール】
マイケル・レーマン氏 / 映画監督・プロデューサー
ウィノナ・ライダー、クリスチャン・スレーター主演のカルト的名作『ヘザース』をはじめ、ブルース・ウィリス主演の『ハドソン・ホーク』、ユマ・サーマン&ジャニーン・ガラファロー共演の『キャッツ & ドッグス』、『Because I Said So』(ダイアン・キートン、マンディ・ムーア、ローレン・グレアム出演)など、数々の長編映画を手掛ける。また、ティム・バートン監督作『エド・ウッド』では製作総指揮を務めた。
テレビでは、『アメリカン・ホラー・ストーリー』、『トゥルーブラッド』、『デクスター』、『ザ・ホワイトハウス』、『ザ・ラリー・サンダース・ショー』(エミー賞ノミネート)など、多様な人気作品を監督。南カリフォルニア大学(USC)映画芸術学部卒業。現在はUSC映画学部およびNetflixと連携し、世界各国で監督ワークショップを主導している。
【Netflixクリエイターズ道場とは】
「Netflix クリエイターズ道場(Netflix Creators Dojo)」は、Netflixがこれまでの作品づくりを通じて築いてきた世界中の優れたクリエイターとのネットワークや専門知識を活用し、参加するクリエイターがそのノウハウやベストプラクティスに触れ、自身のスキルをさらに高めることができるきっかけづくりを提供する取り組み。今後も、プロデューサー/脚本家向けプログラムから制作部門向けプログラムまで、幅広いテーマでの開催を予定しており、本プログラムを通して、ノウハウや経験の共有を通じて、クリエイティブ作品の質の向上と、コンテンツ業界全体の持続的な成長に貢献することを目指す。