アニメの「女性ファン」向けビジネス拡大の歴史。女性の所得増加でコンテンツの可能性も拡がった?【IMART2023】

アニメ・マンガ産業の中で女性ファンの存在が拡大していった過程を3人の識者が議論。ネットの発展とファン同士の交流が盛んになり生まれた創作・消費行動などを紐解いていく。

映像コンテンツ マーケティング
アニメの「女性ファン」向けビジネス拡大の歴史。女性の所得増加でコンテンツの可能性も拡がった?【IMART2023】
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マンガ・アニメーションのボーダーレス・カンファレンス「IMART2023」が、2023年11月24日から26日の日程で開催された。

IMARTは、「マンガとアニメーションの未来を作る」ことを目標に、両業界の実務家や先進的な取り組みをしている方をスピーカーとして招くトークセッションを中心に構成される。マンガとアニメの業界交流と知見の共有をはかり、急速に変化していく業界を多角的に議論する場だ。

本稿では、26日17時から行われた「アニメ・マンガ女性ファンとビジネスの歴史」のレポートをお届けする。

アニメ・マンガは男女別なく幅広い世代に親しまれるようになったが、アニメ産業の中で女性ファンの存在が拡大していった過程を3人の識者が議論。ネットの発展とファン同士の交流が盛んになり生まれた創作・消費行動などを紐解いていく。

登壇者は以下の通り。
藤本由香里(漫画研究家・明治大学国際日本学部教授)
青柳美帆子(ライター・編集者)
渡辺由美子(アニメ文化ジャーナリスト/本セッション司会兼任)

「女性ファン」という言い方に潜む、ある「前提」

少女マンガの歴史に詳しい藤本氏は、「女性ファン」という言い方は暗黙の前提として、男性ファンを主体としているのではないかと言う。実際、欧米のコミックは男性向けのものが多いが、日本では女性向けのジャンルも豊かである。しかし、そんな日本でも、男性たちによって70年代の「少女マンガの発見」ということが言われた。そもそも少女マンガはその前からずっと存在していたにもかかわらず、だ。先住民の存在を無視したコロンブスの「アメリカ発見」のようなものだ、と藤本氏は言う。

続いて藤本氏は、マンガにおける女性ファンの2つの流れを説明してくれた。

1つは少女マンガを読む読者だ。1950年代半ばには少女雑誌の中でマンガの占める割合は20%だったが、60年代には50%、70年には70%を超えたという。この変化はそのまま、それまでの男性作家中心から、戦後生まれの若い女性作家が活躍する時代への変化であった。現在では、ほぼ女性作家による作品が大半を占めており、これは世界的にも珍しいことだという。

社会的にエポックメイキングだったのは70年代の『ベルサイユのばら』だ。宝塚によって舞台化され、同社の経営立て直しの原動力となるほどの大ヒットとなり、女性ファンが社会を動かす時代の到来となったとのこと。

そして、もう一つの流れは、少年マンガを読む女性読者だ。こちらも昔から存在していたと藤本氏は指摘する。80年代には『キャプテン翼』ブームが起こり、やおい・BLジャンルが台頭、少年マンガの女性ファンが二次創作を作る動きが活発化し、二次創作でないオリジナルのBL商業誌もつぎつぎと生まれていった。

現代では、女性誌と男性誌の境目がしだいに曖昧になってきており、「女子マンガ」という概念も登場。2009年、雑誌「FRAU」で「女子が好むマンガなら何でも女子マンガ」と特集され、今では男性誌で活躍する女性作家も珍しくない。

藤本氏は、少女マンガ史の重要作である『ベルサイユのばら』について「女性が力を持ち始めた時代に出てきた作品」と語り、もっと自由になりたい気持ちと、ドレスへの憧れや女性としての幸せの両方を描いたと評価。

アニメ業界はいつから女性を顧客として認識したか

続いて渡辺氏から「消費者としての女性ファン」について発表された。アニメ業界視点から、女性ファンがどのように顧客となっていったかの変遷が語られた。

アニメビジネスのマネタイズは時代によって変化してきた。1970年代からテレビ放送の子ども向け作品では、玩具会社がスポンサーとなる形での広告収入方式(マーチャンダイジング方式)が存在した。玩具会社は、テレビ局側に番組提供費と番組(作品)制作費を支払い、自社玩具をCMや作品に登場させて子どもに購入を促す。そして玩具の売上げで投じた費用を回収するという仕組みだ。

一方で80年代後半には、大人のアニメファンを対象にしたマネタイズも始まった。ソフト会社、出版社など各社合同出資によりアニメファンに向けた作品を制作。ファンに「映像ソフト」を購入してもらうことで、制作費を回収するというものだ。その手法は90年代半ばに製作委員会方式という形で確立した。

90年代までは、広告収入・マーチャンダイジング方式、製作委員会方式、女性ファンはそのどちらについてもメインの顧客になりにくかったと渡辺氏は語る。たとえばテレビ放送の「ロボットもの」作品を好きになっても、商品はプラモデルなど男児向け玩具が中心。90年代には男児向けテレビ作品においても大人や女性ファンも視野に入れたパッケージソフトが販売されるようになっていったが、女性層はテレビ録画で済ますことが多く、ソフト購入には繋がりにくかったという。

また、業界でも90年代初頭には女性層をターゲットに少女マンガ原作のOVAを制作するなど女性層をアニメの顧客にするトライがなされたが、当時のパッケージソフトは1話1万円近くすることに加え、業界がターゲットにした少女マンガ読者は原作の絵を美しいと感じており、シンプルな描線のアニメに関心を持ちにくかったと語る。さらに、女性は「高画質」への要求が薄かったという。そのため「高画質」をセールスポイントにしたレーザーディスクは機材、ソフトともに普及には至らなかった。

どちらかというと女性が求めるのはキャラクター心理の理解であり、そのために1本あたりの価格が高い映像ソフトよりも、原作やドラマCDなど安価でたくさんそろえられるアイテムの人気が高かったという。

しかし、例外的に女性がパッケージソフトを購入した事例がOVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)『銀河英雄伝説』だった。これはメーカーが直販することで小売店舗を通さず流通コストを抑え、1話2,500円の低価格を実現し、購入の敷居を下げたことで成功したという。

2000年代になるとDVDの時代となり、DVD再生機を搭載した「PlayStation 2」が普及すると、女性も高画質映像再生機器を所有するようになる。それにともないDVDソフトが女性層にも売れるようになってきたと語る。『機動戦士ガンダムSEED』シリーズなどは、従来の男性ロボットアニメファンに加えて女性ファンを獲得した事例だ。その他、女性ファンの存在を可視化した代表的な作品として90年代後半の『少女革命ウテナ』や『Weiß kreuz(ヴァイスクロイツ)』なども挙げられた。

2010年代には、『うたの☆プリンスさまっ♪』などの男性アイドルアニメが人気を博し、ドームクラスの会場でライブを開催するまでに成長していく。映像による収益だけでなく、ゲーム、グッズ、ステージ、CDのメディアミックス展開で長期的なIP展開が可能になってきたという。

藤本氏から少女マンガ原作のアニメ化のクオリティの問題に関する質問をされた渡辺氏は、2000年代までは特に「女性向け作品」がどこまで当たるかわからないため制作費などの資金が集まりにくかったこと、そして製作・制作側の「女性の意思決定者の少なさ」が関係するのではと指摘。2000年代後半から山田尚子監督などが登場したが、絶対数がまだ少ないと言える。

令和の時代では女性ファンの支出が当たり前に

青柳氏からのプレゼンは女性ファンの動向について。同じIPを応援していても活動は人それぞれであり、使ったお金の額と愛の深さが必ずしも直結しているわけではないと語る。

そして、ネットが普及し、遠く離れた女性ファン同士がどういう思いで活動しているのかをお互いに認知できるようになっていったことで消費行動も変化してきたという。

特徴的なファン活動を引き起こした作品として、『テニスの王子様』『TIGER & BUNNY』『Free!』を挙げた。『テニスの王子様』は継続的にメディアミックスを展開し、『TIGER & BUNNY』は様々な企業とのコラボ商品が展開され、ECサイトのサーバーが落ちることが話題になった。『Free!』は女性ファンに「聖地巡礼」を促した。

その後、『刀剣乱舞』がブームとなり、刀剣そのものにも関心をもつ「刀剣女子」の存在を前提にした 日本刀の企画展が計画されることもあった。さらに、女性ファンの需要は多彩に広がり、ゲーム『あんさんぶるスターズ!!』や音楽プロジェクト『ヒプノシスマイク』などメディアミックス前提の作品が多く登場している。

こうした女性ファンの消費活動が増えた社会的背景には、女性の所得が増えたことがあるという。平成元年から女性の所得は増加傾向にあり、女性向けコンテンツが商業的に成立する可能性が高まってきたと指摘。博報堂が毎年公開している「コンテンツファン消費行動調査」などを見ると、令和の時代では女性ファンの支出が当たり前になっていることがうかがえるという。

※博報堂「コンテンツファン消費行動調査2023」より

トークセッションは3人による議論に移る。女性ファンは昔からいたが、お金を使える人がこの20年で増えたこと、コンテンツに与える影響力が強くなったことで注目されていると三人の意見は一致。だが、同時に藤本氏は、女性ファンはコンテンツに対する愛が深いので作り手はそこを甘く見てはいけないという。

渡辺氏は、作り手も決して甘く見てはいないが、いかんせんリソースが足りないことがあると語った。青柳氏は、女性ファンが業界から注目されたのはお金を使うようになったからだが、一方でお金を出さねばファンを名乗ってはいけないような雰囲気は良くないという。経済活動をベースにファンの愛を測る若い人が増えていると感じているようだ。

渡辺氏は、他者との比較やあおりにならず自分なりの楽しいやり方を見つけてほしいと呼びかける。口コミもファン層を拡大する大事な要素でそれが経済規模を大きくする面もある、消費=愛ではない。作品の方向性を担う監督、脚本などの分野でも女性の作り手が増えているので、そういう人も応援してほしいと語る。

藤本氏もマイノリティの立場に置かれた人が表現の担い手になることでコンテンツに多様性が生まれるので、女性やその他のマイノリティの作り手をもっと応援してきたいと語り、セッションは幕を閉じた。

《杉本穂高》

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杉本穂高

映画ライター 杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。