【テレビ制作現場のDX化】コロナを機にクラウド化とリモート化が進んだNiTRoの事例

コロナ禍に大きな変革を迫られたテレビの制作現場。日本テレビの技術総合プロダクションである「日テレ・テクニカル・リソーシズ(NiTRo)」ではコロナ禍以降どのようにDX化を進めたのか?詳しく話を聞いた。

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【テレビ制作現場のDX化】コロナを機にクラウド化とリモート化が進んだNiTRoの事例
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様々な業界でDX(デジタル・トランスフォーメーション)化の必要が叫ばれている昨今、テレビ業界も例外ではない。

多人数が集まるテレビの制作現場はコロナ禍に大きな変革を迫られた。実際にどのような変化が起こり、今後の映像制作を円滑にするためにどのような取り組みを行っているのか、日本テレビの技術総合プロダクションである「日テレ・テクニカル・リソーシズ(NiTRo)」の取締役でコンテンツ戦略センターと総務センター統括を担当する守岡俊明氏と、総務センター総務部長兼・DX推進部長の長岡隆一氏にお話を伺った。

守岡俊明氏(写真左)、長岡隆一氏(写真右)。

テレビの現場は多能化が求められるように

――御社の基本的な事業内容を教えていただけますか。

長岡弊社は日本テレビHDの100%子会社で、主に技術関連の業務を担当しています。地上波からBS放送の管理業務、スタジオ、中継、ロケ、ドラマ撮影の制作技術、4K・8Kの編集からCG制作、技術的な報道支援に配信業務も行っていて、技術総合プロダクションとしてコンテンツ制作の全てを担っています。

――放送技術の進化によって、制作現場ではどんな変化が起きているのでしょうか。

守岡大きな流れとしては「低廉化」があります。昔の中継現場では、1,000万円くらいのカメラを担いだカメラマンの他にディレクターがいたわけですが、今はディレクターがカメラを持ってやれるようになっています。機材もどんどん安くなっていて、編集室もかつては一部屋1億円ぐらいしましたが、今は2,000万円ほどで昔よりも優れたものを用意できます。

それと、かつては地上波とBS・CSだけだったところに配信も加わったので、映像の出先が増えているという状況にも対応する必要があり、いかに効率化とコストダウンをはかるのかが課題となっています。コストをかけないためには内製化する必要があり、社内育成が今後の課題です。

長岡弊社の会長がよく「多能化」という言葉を使っています。かつてカメラマンはカメラだけを扱えればよかったし、編集者は編集だけやればよかったのですが、機材の低廉化もあって、編集も撮影もできる人材が求められています。ジョブリクエストで、次にやってみたい希望を出してもらって、極力その希望に沿えるように動いています。

コロナで進んだリモート対応とクラウド化

――コロナ禍はテレビ業界にも大きな影響を及ぼしたと思いますが、制作現場はどのように変化していますか。

長岡コロナ禍には弊社も一般の会社同様、一部リモートワークを実施しましたが、結局テレビの仕事は現場でなければできない部分も大きいですから、現場回帰も進んでいます。コロナ期間中、狭い編集室に大人数で集まるのを防ぐため、クラウド上で編集できるツールを開発しましたし、昔はテープで運んでいた映像素材などを今は極力クラウドで動かすようにしています。そうすれば、昨日渋谷の編集室でやっていた仕事を今日は汐留で行えるなど効率化は進んだと思います。

守岡全体的には現場回帰していますが、ディレクターの中には自宅で編集したいという人も出てきており、ワークライフバランスを考える動きも増えてきました。弊社の事情ですが、たまたまコロナ禍に突入する直前、支給のPCをデスクトップからモバイルノートに変えたので、クラウド対応しやすかったのは不幸中の幸いでした。

日テレグループ全体でも講習や社内勉強会なども、かつてはみんな大きなホールや大会議室に集まっていたのですが、今は各オフィスからリモート参加できるようになって移動の負担も減りました。ただ、秘匿性の高い情報を扱うこともあるので、社内で話を聞かれにくい場所を探さないといけないなど、別の苦労が発生しているようですが。

――自宅作業が増える場合、セキュリティについて気を配る必要がでてきます。

長岡セキュリティについては、MDM(モバイルデバイス管理)を導入するなど、ある程度お金をかけて整備しています。

――その他、バックオフィスの効率化についてどんな取り組みをされていますか。

長岡Office 365を導入したことをきっかけに、社内の申請プロセスを電子化しています。紙ベースで申請していたものを電子ベースにして、稟議などの決済を電子化するために「シヤチハタクラウド」を導入しました。ハンコ文化がいいと思っているわけではないですが、できるだけ今までのやり方を崩さずに電子化した方が混乱が少ないだろうということで。

今までは決裁をもらうために担当者がいちいち責任者のところを回っていたんですが、そういうことはなくなったので発議から決裁までのスピードは各段に上がりました。契約の電子化も進めています。これまで紙ベースで契約書を作成していましたが、契約関係は人に依存する部分が多く、担当者が変わると困ることも多かったんです。

また、電子帳簿保存法に対応する必要もあり、契約の電子管理化は進めています。契約のデータベースシステムとして導入したのは、Sansanの「Contract One」です。既存の紙の契約書をPDF化して検索できたり、契約更新の際の変更内容も含めて探しやすかったり、価格的にもバランスが良かったのが理由です。もうひとつ、契約の中身を判断するAIレビューのシステムも導入しました。

――AIレビューはどういうものなんですか。

長岡基本的には法務に則った契約になっているのかチェックをするものです。自社に有利か相手に有利か、それとも中立的な内容になるのかもAIにレビューさせて判断材料のひとつにできるというものです。それから人事の効率化として、タレントマネジメントシステムの「カオナビ」を導入して業務評価のツールにすると同時に、全社コミュニケーションツールとしても活用しています。

AIモザイク処理など新技術で効率化を実現

――AIの話が出ましたが、御社はAIを他にも導入する予定はあるのでしょうか。

守岡日本テレビではAI業務支援システム「AiD(エイディ)」というソフトを開発しています。一昨年に、東京ドームのスコアボードを撮影するだけで、AIが情報を判断してそのスコアを自動抽出するという実験をやりました。テレビ画面に表示するスコアを人が打ち込まず、球場のスコアボードを撮影するだけで自動で表示するという仕掛けです。ただ、本格的な運用はこれからだと思います。

それから、映像にモザイクを自動で入れる「BlurOn」というソフトを開発しています。不特定多数が写っている映像に自動で顔にモザイク処理をかけられるもので、今まで一つひとつ手作業で行っていたものを自動化できるツールです。

長岡手動でモザイク処理をするのはかなり時間がかかるんです。雑踏で演者さんが歩いているシーンなどで、多数の人の顔にモザイクをかけるのは気が遠くなるような作業です。これはAIとクラウド化でかなり効率化が達成できたと思います。

――映像の出先が増えたこととも関係するかもしれませんが、配信向けのスタジオとして「M-CUBE」という小型のスタジオを作ったそうですね。これは具体的にどんな機能を持ったスタジオですか。

M-CUBE

守岡近年利用の減ったテープ用の編集室を改築してスタジオにしたものです。最大5人くらいしか入れない小さいスタジオですが、カメラを動かして、それに連動するバーチャル背景を組み合わせることができます。バーチャル背景は狭さを感じさせず、カメラマンもおらずリモートで動かせるので、技術スタッフは数人で運用可能です。

――テレビ局の事業も多角化するに伴い、求められる技術も多角化すると思います。今後、開発していきたい技術などはありますか。

長岡本格的な大型中継をIP中継でリモート化することですね。各局、実験的にゴルフ中継などでトライされていますが、基本的には現地に行く必要があるんです。それがカメラさえ現地に行けば中継できるようなリモートプロダクションが今後出てくるといいですね。技術的にはやっと出そろい始めた段階で価格的にはまだ高額なので、今後低廉化が進めば本格的に中継もリモート化できると思います。

今は、カメラの台数も多いので、それを伝送する帯域を確保するため光回線を引っぱってくるしかないんですが、5Gが全国的に普及すれば、もう少し手軽にゴルフ中継などもできるようになると思います。

守岡ゴルフ中継では、人気プロ選手に一台カメラを張りつけて全ホールを回らせるということを実験してみました。これが結構視聴者が多かったんです。TVU(無線回線による映像伝送システム)という、カメラの後ろに電波送信器をつけて携帯電話回線を複数束ねてデータ送信する方式で行っています。

――中継のIP化が実現するとスポーツ中継のあり方も大きな変化がありそうですね。

長岡そうですね。今後も効率化と同時に、新しい表現を生む技術作りにはトライしていきたいと思っています。

《杉本穂高》

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杉本穂高

映画ライター 杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。