世界を“獲りに行く”「チェンソーマン」、アニメ業界に大革命を起こす?

遂にその日が来た、といっても過言ではないだろう。藤本タツキの人気漫画をTVアニメ化した「チェンソーマン」が、10月11日からテレビ東京ほかにて放送を開始した。順次各動画配信プラットフォームで配信され、文字通りバズを引き起こしている。

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世界を“獲りに行く”「チェンソーマン」、アニメ業界に大革命を起こす?
世界を“獲りに行く”「チェンソーマン」、アニメ業界に大革命を起こす?

遂にその日が来た、といっても過言ではないだろう。藤本タツキの人気漫画をTVアニメ化した「チェンソーマン」が、10月11日からテレビ東京ほかにて放送を開始した。順次各動画配信プラットフォームで配信され、文字通りバズを引き起こしている。

放送開始前、2022年10月時点でコミックスの累計発行部数は1,600万部超(12巻分。電子書籍含む)。ジャンプ系作品でいうと、アニメ版も好調な『SPY×FAMILY』(遠藤達哉)が最新10巻で2,650万部を突破しており、『チェンソーマン』も“アニメ効果”で数字が伸びていきそうだ。

漫画原作から熱の高いフォロワーを世界中に擁する『チェンソーマン』


そもそも漫画『チェンソーマン』が人気を博した理由がどこにあるのか、というのはなかなか体系づけることが難しくもあるが(作者の藤本タツキが前作の『ファイアパンチ』時点でマンガ好きには知られた存在でもあるため)、ひとつ挙げられるのは既存作品に対する「カウンター」によって独自性を生み出した部分であろう。

既存のヒーロー像とそこに伴う道徳観や倫理観をぶち壊し、食欲や性欲といった本能のままに突き進もうとする主人公デンジの人物像は新鮮で、説教臭さがまるでない。そこに藤本の特色である突き抜けた暴力描写(少年ジャンプ作品ならではのバトル描写においても新しさを打ち出した)、現代の肌感にも通じる貧困の描き方、“お約束”などもってのほかのこちらの予想を超えてくる展開、考察しがいのある物語等々が絡み、『チェンソーマン』好き=カッコいい、というようなひとつのステータスになっている感がある。シネフィルである藤本の嗜好が反映された本作は海外人気も非常に高く、フランスで「藤本タツキ展」が開催されたり、TVアニメ放送前には各国で試写会が行われた(米国においてはアニメをきっかけに人気になるパターンが多く、漫画時点での熱の高さは珍しい例だという)。

また、ヒットの法則のひとつである「キャラクターが魅力」をしっかりとカバーしている点も注目すべき点。主人公のデンジだけでなく、アキやパワー、マキマ、姫野、コベニに岸辺、ポチタ等々、個性豊かな“推せる”キャラクターがひしめいている。仮に物語が難解でついていけないと思ったとしても、キャラクターを追いかけたい感情から脱落しない&熱量が高いままでいられる、という特徴は本作にも該当するのではないか。加えて、アニメ化された際には声優との化学変化でなお一層人気が爆発する、という可能性も秘めている。

制作スタジオのMAPPAが単独出資。テーマソングや本編の高いクオリティで話題性も確保


「キャラ推し」「物語推し」「作者推し」等々、熱の高いフォロワーを多数擁した『チェンソーマン』だが、アニメ化においては別側面からも注目を集めることになった。それは、製作&制作体制の部分――ビジネス側面だ。

国内の映画やアニメは、製作委員会方式が組まれることが多い。ざっくりいうと、複数の企業が資金を出して作品を作る形態のことだが、リスク回避の面では有効であっても船頭が増えるぶん、身動きがとりづらくなる点も挙げられている。

たとえば利益の分配。アニメの制作会社が資金が足りずに製作委員会方式をとったとして、自社がそこに参入していないとヒットしたとしてもリターンが得られない場合が往々にしてある。また、作品の中身の部分でも、「口出し」が増えることで、作家性を前面に出した攻めた企画が通りづらくなってしまう場合がある。そういった状況を打破すべく、「鬼滅の刃」や『エヴァンゲリオン新劇場版』、Netflix等が様々な試みを行ってきたが、「チェンソーマン」においては制作スタジオのMAPPAが単独出資するパターンを打ち出した(「日経エンタテインメント!」308号の『チェンソーマン』担当編集・林士平とMAPPA代表取締役・大塚学の対談によると、MAPPAが集英社に企画書を提出した時点で、このアイデアが記載されていたという)。

これによって、映像制作以外にもタイアップやイベントのスケジューリング、海外展開等々、宣伝やライセンシングに至るまでMAPPAが監修することになり、利益が還元できるシステムの構築や、宣伝一つひとつにおいてもクオリティを担保できる仕組みを目指しているという。単独出資の形態をとることで、アニメの制作においても集英社とMAPPAの2社間でのコミュニケーションで完結し、タイアップ等においても意思決定までが早い、というのが大きな利点だそうだ。視聴者サイドからいうと、作り手が好きに暴れられる→血がドバドバ出るような過激なシーンを拝めるといった点や、テレビ放送時にCMが少ないことも話題を呼んだ。

また、話題性でいうとエンディングテーマが週替わりになるという試みも挙げられる。オープニングテーマは米津玄師(共同編曲はKing Gnu/millennium paradeの常田大希)、挿入歌はマキシマム ザ ホルモンが手がけ、エンディングテーマはAimerやずっと真夜中でいいのに。、Vaundyほか計12組が担当。海外ドラマに着想を得た方式というが、なかなか前例がない形のため調整は相当苦労したそう。

第2話のエンディング・テーマはずっと真夜中でいいのに。 の「残機」。

ただ、先に述べたようにニュース性は抜群で、多数のメディアで紹介されることとなり、第1話への注目度がさらに増した。米津玄師が書き下ろした「KICK BACK」が流れるオープニング映像は、放送&配信直後からSNS上で「このシーンはこの映画のオマージュではないか」という考察合戦が加速。これは当然ながら原作にはないアニメオリジナルの要素であり(藤本が影響を受けた作品群ではあるだろうが)、こうした“仕掛け”も非常に効いていた印象だ。

IGNによる、映画オマージュの考察。

しかし、これも前述したとおり製作委員会方式はリスク分散が行えるものでもあるため、MAPPAにおいては「社運をかけた」と言っても差し支えないプロジェクトといえるかもしれない。となるとやはり、キモになってくるのは中身の部分。第1話が視聴者の心をつかみ、彼らが2話以降も追いかけていくフォロワーとなり、各々が口コミをすることで現象化して次のファンを連れてくる――といった流れを作るためには、初速が非常に重要だ。放送開始までに3本公開されたPVはファンの期待を十分に煽っていたが、本編のクオリティはまさしく「度肝を抜かれる」レベルだったのではないか。

いわゆる「作画」の部分――背景等々の細やかな描き込みであったり、微細な表情の表現力、動きの滑らかさに、カット割りやカメラワーク、音楽(劇伴は『平家物語』の牛尾憲輔)の使い方といったような「演出」、心情描写とテンポ感が絶妙に融合した「脚本」(手がけたのは『呪術廻戦』の瀬古浩司)、オーディションを勝ち抜いて大役を手にした新進声優・戸谷菊之介(デンジ役)や楠木ともり(マキマ役)といったフレッシュなキャストによる「演技」のハマり具合――各セクションのハイレベルな仕事ぶりがぶつかり合う第1話は、原作ファンならずとも、つまりここで初めて「チェンソーマン」の世界に触れたビギナーにおいても衝撃的だったはずだ。

海外では「クランチロール」が配信


なお、海外ではアニメ専門配信サービス「クランチロール」が配信権を獲得。字幕と吹き替えで200以上の国と地域で配信する見込みだという。配信だけでなく、2022年8月には自社が主催するイベント「クランチロールEXPO2022」にてMAPPA代表取締役・大塚学、取締役・木村誠とのトークも企画。「クランチロール・アニメアワード」といった賞も開催しており、多角的にアニメ作品の魅力を発信する機能を備えている。

このクランチロールだが、ユーザーは無料会員数が約1億2000万人、有料会員数が約500万人(2021年8月時点)。現在はソニーグループ傘下であり(2020年に買収発表・21年に完了)、「チェンソーマン」の放送局であるテレビ東京とも提携を結んでいる。また、「BEASTARS」等で知られるフジテレビのアニメ枠「+Ultra」にも参加しており、日本とも縁が深い企業だ。「チェンソーマン」は日本とほぼタイムラグなしで配信を開始し、世界的な盛り上がりに一役買っている。そのほか日本国内ではAmazonプライム・ビデオやNetflixも含めた様々なプラットフォームで展開しており、今後さらなるバズを引き起こしていくことだろう。

そして、「チェンソーマン」の成功いかんによって、今後の国内アニメ業界にどのような動きが生まれるのかも、注視したいところ。我々は本作を通して、アニメ史の重要な局面を目の当たりにしているのだ。

Sources:アニメーションビジネス・ジャーナル(1)アニメーションビジネス・ジャーナル(2)マグミクスアニメレコーダーnote、「SWITCH」2022年10月号、「日経エンタテインメント!」308号
《SYO》

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物書き SYO

1987年福井県生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション、映画WEBメディアでの勤務を経て、2020年に独立。映画・アニメ・ドラマを中心に、小説・漫画・音楽・ゲームなどエンタメ系全般のインタビュー、レビュー、コラム等を各メディアにて執筆。並行して個人の創作活動も行う。