『バットガール』のお蔵入りに大規模レイオフ...大改革を繰り返すワーナー・ブラザースの今後の行方は?

CNN+の撤退、2,000人のレイオフ、そして、大作『バットガール』のお蔵入り騒動など、世界を驚かせる発表が続くワーナー・ブラザース・ディスカバリー。これから同社はどこへ向かっていくのか?これまでの動向をおさらいしていく。

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Photo by Matt Winkelmeyer/Getty Images for Warner Bros. Studio Tour Hollywood
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CNN+の撤退、2,000人のレイオフ、そして、大作『バットガール』のお蔵入り騒動など、世界を驚かせる発表が続くワーナー・ブラザース・ディスカバリー。これから同社はどこへ向かっていくのか?これまでの動向をおさらいしていく。


ワーナー・ブラザース製作で公開を待つばかりとなっていた、大作『バットガール』のお蔵入りが発表されると、ハリウッドのみならず、世界中の関係者たちや映画ファンが蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

このニュースは日本でも報道されたが、同作品を心待ちにしていた映画ファンも目を白黒させるばかり。この度肝を抜くような決定の裏には何があったのか?

完成して公開を待つのみの映画が完全にお蔵入りになるというケースは非常に稀だ。B級作品を勘定に入れても過去の例はハリウッド映画史上で13本、と報道されている。『バットガール』は、DC映画で注目作だっただけでなく、出演ゲストにはバットマン役に大御所マイケル・キートン、最近ヴェネチア国際映画祭で感動のカムバックが映画界を賑わせたブレンダン・フレイザーが悪役に起用されるなど話題豊富なうえ、9,000万ドルという製作費を投じていた。ワーナーがこれだけ投資した作品をある意味では、捨てる、に至ったその水面下では、ハリウッドの企業ドラマが繰り広げられていた。

テレコム大手AT&Tのギャンブル

ことの始めは2018年。米国テレコミュニケーション大手のAT&T社が、ワーナー・ブラザースの当時の親会社タイムワーナーを買収したことに発端を期す。AT&Tは、持ち前のテレコミュニケーション・ネットワークを最大限に生かして顧客にもっと気に入ってもらえるコンテンツを提供する、と意気込んでハリウッドへの参入をはかった。

ビジネスのやりとりは往々にしてチェスのようだ。表面は静かだがプレイヤーの頭の中では複雑な戦略が画策されている。ハリウッドの映画業界も同様だ。2018年6月、それまでAT&Tを司っていたジョン・スタンキーがワーナー・メディアCEOに就任し、直属の部下たちに、ストリーミング・サービスに重点をおいた方針を提示した。劇場興業を重んじてきたワーナー・ブラザースの上層部は早速スタンキーと衝突。だがCEOは会社の王様である。意見の食い違うトップ幹部は次々と辞任へ追いやられ、間もなく新たな上層部が雇われた。

だが、AT&Tは、エンタメ業界にはユニークなエコシステムがある事実を無視していたようだ。そんな時に未曾有の事態が発生する。新型コロナウイルスの感染拡大である。2020年、ワクチンもないままにウイルスが猛威をふるい、サービス産業を始め、娯楽産業が根幹から揺さぶられた。そして世界中で映画館が閉鎖される事態に至る。この時すでにAT&Tは、情報通信ビジネスとは全く畑の違う映画業界で迷子になり始めていた。当時、国内5Gネットワークの立ち上げに巨大な予算を割いていた同社は、まだ発足したてのストリーミング・サービスHBO Maxに見込まれる多大な支出と、買収時のワーナーメディアがすでに抱えていた大きな負債を背負い込み、息切れが始まっていた。間も無くその状況は、AT&T、ワーナーメディアの業績降下と株価下落で証明されることとなる。資産となるはずのワーナーメディアが、下手をするとAT&Tの命取りにもなりかねない足枷になり始めていた。

映画業界が瀕した前代未聞の一大事の真っ只中、スターキーCEOは自分の後釜にとして、Huluの構築に大きく貢献したジェイソン・カイラーを据える。このときすでに水面下では、ハリウッド参入に見切りをつけたAT&Tが、ワーナーメディアの売り渡しを極秘に画策していたことを知る者は殆どいなかった。

古き良きハリウッドが終わった日

表向きには、Hulu出身でストリーミングの信奉者カイラーCEOが窮地に陥っていたワーナー・ブラザースの大改革に踏み出す。

「ワーナー・ブラザースの2021年劇場用作品は、封切り日と同時にHBO Maxにてストリーミングする。」

この発表に、ハリウッド映画業界ではクーデターが起こったかのような騒ぎとなった。最近よく聞くハリウッド業界用語で、「Day-and-Date(デイ・アンド・デイト)」という言葉があるが、劇場封切りとストリーミング放映を同日に行う公開方法を指す。カイラーCEOは、『ゴジラ vs コング』、「DUNE/デューン 砂の惑星』、『マトリックス レザレクションズ』など、2021年に劇場公開が予定されていた17作品のタイトルをデイ・アンド・デイトで同日HBO Max放映すると発表した。劇場興業が主体だったワーナー・ブラザースが…いや、古き良きハリウッドがこれまで重んじてきた映画館興行中心のビジネス・モデルを根本的に覆したのである。

これまでハリウッド映画のビジネスは、映画館での興行収入を中心として成り立っていた。例えば有名監督・俳優は、出演料は少なくても(とはいえ、セレブは少なくても億単位だが。)映画公開後、「バックエンド」と呼ばれる、興行収入のパーセンテージを後からガッポリいただく、という形の契約を結ぶのが定例となっている。よって、ワーナーが強行したように突然劇場公開をカットしてしまうのは契約違反とも取れる行為に当たるのである。

カイラーCEOの発表を聞いて、真っ先に声をあげたのは『ダークナイト』以来、セレブ監督のクリストファー・ノーランだ。コロナ禍の真っ最中に『TENET テネット』を公開するという憂き目に預かったノーラン監督は、この20年近くワーナーの看板息子だった。ノーラン監督は、ハリウッドきっての老舗スタジオから、その恩恵に預かる代わりに『バットマン』シリーズや『ダンケルク』など、ワーナー・ブランドで数々のヒットを飛ばし、その成功を分かち合ってきた。

(ワーナーが)こんな扱いをするなんて酷すぎる

クリストファー・ノーラン監督
こう語ったノーラン監督のリアクションは、まるで親友に裏切られた人のようだった。ほぼ同時に『DUNE/デューン 砂の惑星』のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督も、ワーナーに対する怒りのコメントを発表した。家にいながら新作が見られるとあって一部の映画ファンは喜んだが、映画関係者たちはハリウッドの「ビジネス空気」を全く無視したワーナーの発表に怒りをあらわにした。

その後、2021年に入り、ワクチンのおかげで徐々に人々が街に繰り出し始め、それに比例してさまざまなビジネスも徐々に活気を取り戻し始めた。だがそれに反比例するように、HBO Maxは活気がなくなっていった。最初は月額14ドル99セントを払えば『ワンダーウーマン1984』などの新作が見られるとあって、加入者が増えたものの、世の中が落ち着いてくるとストリーミングサービス離れが始まったのだ。HBO Maxは、Disney+などのサブスクリプションと比べると月額が高いということもあり苦闘した。映画館での劇場体験に飢えていた映画ファンたちが、劇場に戻り始め、コロナ禍以前とまでは行かないものの、ボックスオフィスに希望の光が見え出したのだ。その期待は『トップガン マーヴェリック』の爆発的な興業収入で証明されることになる。劇場とストリーミングの同時公開を、トム・クルーズが断固として阻み、遂に2年半越しで劇場公開に漕ぎ着けた待望作である。

その頃、近年リアリティショーの総本山と言われているディスカバリーがAT&Tからのワーナーメディア買収を発表する。ディスカバリーから就任したデヴィッド・ザスラフCEO就任に伴い、居所を失ったジェイソン・カイラーCEOはあっさり解任された。

再び!新ワーナー・ブラザースの方向転換

2022年4月。AT&Tがワーナーのメディア部門から手を引き、ディスカバリーに所有権が渡ると同時に社名も変更になり、ワーナー・ブラザース・ディスカバリー(略称WBD)が誕生した。リーダーとなったザスラフCEOのモットーは「必ず儲けを得ること」。無駄なものは容赦無く切り、負債軽減、そしてその時に見合った商売方法で利益を伸ばす。ザスラフCEOは早速それを実行に移す。お目見え1ヶ月も経たぬうちに、ワーナーメディア傘下にある、人気ニュース・チャンネルCNNの姉妹チャンネル「CNN+(サブスクリプション・チャンネル)」のスピード撤退を発表した。そして2,000人の従業員解雇。だが、その後に続いたワーナーの発表には誰もが度肝を抜かれた。それが『バットガール』のお蔵入りだ。


デイビット・ザスラフ氏
お蔵入りになった理由として、作品のテスト試写がかなり不評だったからだという報道もあったが、それよりも、新ワーナーメディアの方向性をクリアに提示するという目的があった。ザスラフCEOは、カイラー前CEOと異なり、映画作りのクリエイティブ面にも貢献していきたいと言うスタンスを示している。ストリーミングに力を注いでいたカイラー元CEOとは正反対の、劇場興業に重きをおく、いわば温故知新の戦略である。

映画館で封切られた作品には付加価値がつき、海外セールス、そしてストリーミングへの放映許可権などの価値が上がると同時に、売り渡してしまえばそれっきりのストリーミングとは異なる。『トップガン マーヴェリック』で証明されたように、やはり映画ファンは劇場で映画を鑑賞することを好み、興業の成功はDVDセールスやそれ以降の放映許可権料への影響など、計り知れない収入アップの可能性を秘めている。

様々な検証から、ストリーミング中心の時代は過ぎ去りつつあると確信するザスラフCEOは、DC映画に対しても前CEOとは異なるアプローチを打ち出した。DC映画はこれ以後エリート作品として扱い、マーベルの敏腕プロデューサーであるケヴィン・ファイギのような人物を責任者として雇う、と言うものだった。基本的にDC作品はストリーミングではなく、劇場封切りを中心にすると言う戦術だ。方向性をクリアに打ち出すための犠牲となったのが、HBO Max用に制作された『バットガール』である。その他にも、子ども向けアニメの数々がお蔵入りの憂き目にあうことになる。

かたや、テスト試写で高得点を得たと言われる、2023年に劇場公開予定の『The Flash』は、主演エズラ・ミラーの度重なるトラブルからお蔵入りも囁かれるほどだったが、9月に入ってワーナーの上層部とエズラ本人とその関係者たちがスタジオに集まり、状況改善に向かうよう話し合ったと報道されている。これはDC映画をエリート作品として守り、稼ぎ頭として劇場に送り出そうとしているワーナーの努力が見て伺える。

ビジネスの世界では、『バットガール』のように無駄になってしまった「商品」にかかった費用を税金控除の対象にできる便利な制度がある。ザスラフCEOのビジネス戦略は、感情を差し引いて見ればあらゆる面で理にかなった戦術と言える。しかし、感情を差し引いたビジネスなど存在するだろうか?

まとめ

映画作りは往々にして熾烈なビジネスだが、普通の業界と大きく異なる点として、最終的には強固な人間関係から成り立っている。AT&Tの買収劇と早々の撤退、そして新たなディスカバリー社の参入は、関係者や映画ファンたちを大いに振り回し、後味の悪さを残している。私たちは子どもの頃からワーナーのマークが入ったアニメや名作映画を見て育ってきており、そのブランドへの安心感が深く根付いていた。だが、ここ4年間に渡るドタバタ劇を経て、ワーナー・ブランドへの信頼が薄れ、色褪せてしまったように思える。

ザスラフ新CEOは、映画のあるべき姿は劇場での鑑賞にある、というパンデミック前のスタジオの在り方を再建しようとしている。だがドタバタ劇に巻き込まれたノーラン監督や、ヴィルヌーヴォ監督、『バットガール』をはじめ無碍にお蔵入り扱いを受けた作品を一生懸命作った俳優陣やクルー、そしてAT&T時代とディスカバリー参入時にいきなり解雇された2,000人以上のワーナー社員たちなど、ビジネス改革の名の下に蔑ろにされた人たちの思いは簡単には拭えない。ビジネスと感情のバランスを取るのは難しい。だがはっきり言えるのは、映画を作る人々や映画を観に来るファンたち無しには映画ビジネスは成りたたたないということだ。

時代の流れのなかで、ワーナーと言うブランドが古き良き時代の輝きに戻ることはないだろう。だがそれでいいのだ。これから、もしスタジオが躍進すれば新しい輝きを放ちはじめ、それは元の光よりも眩いに違いないからだ。ワーナーのこれからを見守りたい。

《神津トスト明美/Akemi K. Tosto》

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神津トスト明美/Akemi K. Tosto

映画プロデューサー・監督|MPA(全米映画協会)公認映画ライター 神津トスト明美/Akemi K. Tosto

東京出身・ロサンゼルス在住・AKTピクチャーズ代表取締役。12歳で映画に魅せられハリウッド映画業界入りを独断で決定。日米欧のTV・映画製作に携わり、スピルバーグ、タランティーノといったハリウッド大物監督作品製作にも参加。自作のショート作品2本が全世界配給および全米TV放映を達成。現在は製作会社を立ち上げ、映画企画・製作に携わりつつ、暇をみては映画ライター業も継続中。