2025年9月4日、Netflixは日本上陸10周年を記念し、「Creators' Spotlight」と題したトークパネルを開催した。イベントでは、同社の共同最高経営責任者グレッグ・ピーターズも登壇し、この10年間の歩みと今後の展望を語ったほか、日本のエンターテインメント業界を牽引するクリエイターたちを招き、Netflixとの作品作りにおける挑戦や未来について意見が交わされた。
Netflixが日本と歩んだ10年とこれから
イベントの冒頭、Netflix共同最高経営責任者のグレッグ・ピーターズ氏が登壇。10年前にアジア初の拠点として日本オフィスを立ち上げた当時を振り返り、「日本は私にとって本当に特別な場所。豊かなストーリーテリングと創造性の歴史がある」と語った。

ピーターズ氏は、この10年で日本の有料メンバー数が1000万世帯を超えたことに触れ、日本のコンテンツがグローバルで大きな成功を収めている現状を具体的な数値と共に示した。日本の映画やドラマのこれまでの総視聴時間は約250億時間にのぼり、これは非英語コンテンツの中で2番目に高い数値だという。また、日本の作品は世界93カ国のトップ10リストにランクインしており、2021年から2024年にかけての日本への投資がもたらした経済波及効果は約4500億円に達するとのことだ。

続いて登壇したコンテンツ部門バイス・プレジデントの坂本和隆氏は、「クリエイティブファースト」と「ローカルファースト」という2つの信念を強調。日本のクリエイターと真っ正面から向き合い、日本の観客に心から愛される物語を届ける。その結果として作品が世界へ羽ばたいていくと述べた。
さらに坂本氏は、2026年の「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の配信についても触れた。スポーツ視聴にとどまらず、選手が持つ人間ドラマや情熱に焦点を当て、まだ誰も見たことのない景色を表現していきたいという。

実写クリエイターが語るNetflixとの「ブレイクスルー」
トークパネルの第1部では、映像ディレクターの大根仁氏、映画監督の佐藤信介氏、藤井道人氏、そして俳優・クリエイターの山田孝之氏が登壇。Netflixで実写作品の企画・制作を担当する高橋信一氏がモデレーターを務めた。
Netflixは風通しのいい会社
『地面師たち』を手掛けた大根氏は、Netflixを「非常に風通しのいい会社」と評した。同作が映画やテレビでは企画が通らなかった経緯を明かし、「Netflixに提案したら、その場でほぼ結論が出た。このスピード感は従来の国内会社にはなかった」と語った。また、キャスティングよりも先に企画内容と脚本を詰める姿勢にも驚いたという。

日本の実写作品として世界で最も視聴された『今際の国のアリス』の佐藤監督は、日本から世界に向かって作品を発信できる場として意識していたと振り返る。「日本の文化を知らない人にも分かるか、という議論をしながら脚本を作ったのは初めてだった」と述べ、ポストプロダクションの段階で、クオリティ向上のために空撮の追加予算が出たエピソードも披露し、同社の制作姿勢を称賛した。
初期から多くの作品に携わる藤井監督は、「何者でもなかった自分にチャンスをくれた」と感謝を述べ、「海外の記者やクリエイターから直接連絡が来るようになり、いかに自分たちがドメスティックに作ってきたかを思い知らされた」と語った。そして、Netflixを「日本から世界へ、面白いものがあると思ってもらえる場所」と位置付けた。

『全裸監督』で主演を務めた山田氏は、「日本語の芝居で、良くも悪くも今の自分の実力を世界に出せる大きなきっかけだと思った」とオファーを受けた当時を回想。業界内には日本からの撤退を噂する声もあったと山田氏は述懐し「だからこそチャンスだと思った」と述べ、その挑戦が俳優としての新たな可能性を切り開いたことを示唆した。
次なる挑戦と未来への期待
パネルでは、登壇者たちがNetflixで準備中の次回作についても言及された。5年間の専属契約を結んだ大根氏は、「これまでとは180度違う、自然環境でとんでもない敵に立ち向かう男たちの話」という壮大な企画が進行中であることを示唆した。佐藤監督は『今際の国のアリス』チームと再び組み、「日本から意外と出てこなかった本格的なSF」に挑む。藤井監督は30代の集大成として「世界を舞台に戦える激しいアクション作品」を、山田氏は脚本開発から参加した『国民クイズ』が撮影終了したことを報告した。

最後にNetflixに望むこととして、撮影環境のさらなる改善や、海外チームとの連携強化、表現の自由の維持などが挙げられた。特に山田氏は「Netflixのギャラは映画などと比べて高いが、もう少し上げてほしい。本業のスキルでしっかり稼げる環境が大事だ。もちろんそのためにクリエイティビティを上げることは大前提」と、業界全体の課題にも踏み込んだ形で待遇改善を訴え、会場の注目を集めた。

世界市場を席巻する日本アニメの現在地
第2部ではアニメに焦点が当てられ、株式会社MAPPA代表取締役社長の大塚学氏、株式会社トムス・エンタテインメント取締役の吉川広太郎氏、映像作家の見里朝希氏、劇作家の根本宗子氏が登壇。Netflixの山野裕史氏がモデレーターを務めた。
世界とつながる制作環境の変化
MAPPAの大塚氏は、この10年で最も大きな変化は作り手が世界中の視聴者を常に意識するようになったことと指摘。コロナ禍を経てリモートワークなど働き方の選択肢が増えたことにも触れた。

『刃牙』シリーズなどを手掛けるトムス・エンタテインメントの吉川氏は、Netflixとの取り組みを振り返り、「クリエイターをリスペクトしてくれるので、放送コードを気にせず表現を追求できる」と評価。同シリーズがアメリカの視聴ランキングでトップ10入りした事例を挙げ、グローバルなプラットフォームがIPの価値を飛躍的に高める可能性を示した。
ストップモーションアニメ『My Melody & Kuromi』で監督を務めた見里氏は、同作が世界的に評価されたことについて「Netflixだからこそ世界に展開できた」と語る。1日に数秒しか撮影できない地道な制作工程を経て、「努力が報われた」と喜びを述べた。同作で脚本を担当した劇作家の根本氏は、異業種からの参加でありながら「やりたいことを風呂敷を広げたまま完成させてもらえた。なんでも面白がってくれる懐の深さに助けられた」と、Netflixの柔軟な姿勢に感謝を示した。

未来に向けた挑戦とリクエスト
今後の10年の挑戦について、大塚氏は「日本アニメの幅をどう広げていくか。虚を突くようなオリジナル作品に挑戦したい」と意欲を見せた。吉川氏はNetflixに対し、制作資金のさらなる拡大と、各国の視聴ニーズを分析するための詳細な視聴レポートの共有をリクエストした。

見里氏は「ストップモーションの限界を拡張していきたい」と語り、VRなど新しい技術との融合にも意欲を示した。根本氏は、演劇とNetflixのコラボレーションの可能性や、オリジナル脚本家を発掘する機会を増やしてほしいと期待を寄せた。
最後に、坂本氏が再び登壇。「クリエイティブファーストの信念を胸に、これからの10年も皆様と前例のない作品を生み出していきたい」と次の10年でさらなる高みを目指すという強い決意を示し、イベントは幕を閉じた。