『君たちはどう生きるか』ドルビーシネマ制作のこだわりを、ジブリのスタッフ2人が語る。「映画がより自然で没入感あるものに」

宮﨑駿監督初のドルビーシネマ対応作品となった『君たちはどう生きるか』。本作ではどのようにしてドルビーの技術が活用されたのか?スタジオジブリ制作陣に聞いた。

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『君たちはどう生きるか』
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©2023 Studio Ghibli

現在公開中の宮﨑駿監督の10年ぶりの最新作『君たちはどう生きるか』は、同監督作品として初のドルビーシネマ対応作品となった。

ドルビーシネマとは、ドルビービジョンと呼ばれる最新HDR映像技術と立体音響技術であるドルビーアトモスを融合させ、卓越したシアターデザインの劇場で上映される上映形式。高輝度、高コントラスト、広色域を実現する映像と、劇場全体を包み込みような臨場感あふれるサウンドが特徴で、前から両サイドと後ろに加えて上に至るまで縦横無尽に音を配置することで、ハイレベルな没入感を作り出す。


スタジオジブリはなぜ『君たちはどう生きるか』でドルビーシネマでの作品づくりを決めたのか?その経緯と効果を本作の撮影監督を務めた奥井敦氏と、ポストプロダクション担当の古城環氏が語る記者会見が、ドルビー・ジャパンにて開催された。

撮影監督を務めた奥井敦氏(写真左)、ポストプロダクション担当の古城環氏(写真右)。

まず、『君たちはどう生きるか』をドルビーシネマで制作することになった経緯について、奥井氏が語ってくれた。

奥井氏が、ドルビービジョンが誇るHDRに興味を持ったのは、2015年ごろのことで、アメリカ・ロサンゼルスのデモンストレーション用のシアターでHDRの映像を見て衝撃を受けたからだという。奥井氏は、アニメの撮影に関して、フィルムからデジタルに移行した結果、デジタルでは色の諧調がフィルムと比べて狭くなったという。「フィルムは多重露光をかけて光を表現するが、どれだけ明るくしてもハイライトの諧調がきちんと残る。だが、デジタルではある諧調までいくと色が飛んでしまい、(色の諧調という点で)表現の幅が狭くなった」と感じていたという。

奥井氏は、ドルビービジョンについて「黒の締まり方、ハイライトの乗り方に衝撃を受けて是非この技術で映画を作りたい」と思ったという。その後、美術館向けの短編作品『毛虫のボロ』でドルビーシネマをテストに作ったそうで、その結果に宮﨑監督も気に入り、次作はこれを使おうと決めたのだという。

スタジオジブリでは、2021年公開の宮﨑吾朗監督の『アーヤと魔女』でもドルビーシネマに挑戦している。古城氏は、『アーヤと魔女』の制作時にすでに『君たちはどう生きるか』の製作も決定していたため、壮大な実験場のつもりで『アーヤと魔女』に臨んでいたと語る。

ドルビーシネマ制作でのこだわった点、難しかった点について司会から聞かれた奥井氏は、ドルビーシネマのスクリーンにデータを持ち込んで初めてグレーディングをする前にSDR(スタンダード・ダイナミック・レンジ)で仕上げているが、それと差別化を図りつつも、かけ離れたものしてはいけないのでその調整がシビアだったという。とりわけドルビービジョンは、黒の表現に特徴があるので、それを有効にしつつ、シーンごとに細かい調整を行ったそうだ。

本作でHDRならではの表現が出てくるシーンとして奥井氏は、青サギが太陽から迫ってくるシーンと、冒頭の夜の暗いシーンを挙げた。SDRでは諧調を落としきれない部分をドルビービジョンで見せられたのは良かったと語る。今後は、HDRをベースに映像作りをしていきたいそうだ。

©2023 Studio Ghibli

音に関するこだわりについて、古城氏から説明があった。宮﨑監督は前作『風立ちぬ』ではモノラルサウンドを採用したことが話題になったが、アトモスで全方位に音響を配置できるドルビーアトモスにしても音を入れすぎないように「引き算」を意識したという。「(音を)入れるかどうか迷ったら外す」という方針で、絵と音のバランスを確認しながら、音域の広がり重視で制作したそうだ。

音に関しても、映像と同様、一般上映の5.1chと7.1chのバージョンとかけ離れたものにはしない方針だったようだ。さらに、『アーヤと魔女』の時は、5.1chで作ったものをドルビーアトモスにアップコンバートする形式だったが、今回はネイティブにドルビーアトモスで仕込んだものをいかに5.1chや7.1chで生かせるかを考えたという。古城氏は、ドルビーアトモスの音響効果によって、映画をより自然に感じられるようになったのではと語る。環境音が上にもあることによって、観客がその場にいるという感覚が強化されているとのことだ。

また、『君たちはどう生きるか』は今後国際映画祭も含めて海外展開が予定されているが、海外の配給会社から引き合いがあれば、ドルビーシネマ版を提供してきたいという。

宮﨑監督はドルビーシネマ版について、特別なコメントはなかったそうだ。そもそも同監督は、具体的な指示は少なく、各スタッフが絵コンテに描かれていることを読み解くことで制作されているとのこと。コンテに擬音が描いてあれば、それをどう表現するのかを考えるのだとか。ちなみに今作のコンテでは、とあるシーンで「ドアノブの音は無音になる」とはっきり書かれたシーンがあったそうだ。古城氏は、なぜ無音なのか不思議に思ったが、そういったところも自身で読み解きつつ作業をしたとのこと。

映像面に関しても、奥井氏は宮﨑監督と30年一緒にやってきたので、どうしてほしいかはだいたい分かるが、監督が想定しているものののプラスアルファを常に目指してやっているそうだ。制作プロセスの中で監督と相談することはあまりなく、仕上げでチェックを受けるのが基本で、SDR版でも監督のチェックを受けて、ドルビーシネマ版ならシャドーの部分はこうなると説明したらシンプルに「それでやってくれ」というやり取りだったという。

また、過去のジブリ作品をドルビーシネマ版にアップグレードする予定について聞かれ、古城氏は「技術的には可能だが、過去作のリニューアルはジブリとして手がけていないので、何とも言えない」とのこと。ただ、「『千と千尋の神隠し』のドルビーアトモス版は観てみたい」そうだ。映像面については、フィルム作品の方が対応しやすいだろうとのことで、「過去のデジタル作品は、当時使っていたツールがもう動かないものもあるので難しい」と奥井氏は見解を述べた。

また、ドルビーシネマのような新たな表現形式の登場でクリエイターが心がけた方がいいことについて質問された古城氏は、「技術はツールに過ぎない。ツールを使いたいからといって演出からかけ離れたらまずいので、監督の演出に合わせて、使わない『引き算』が出来る自制心が大事」と語り、会見を終えた。

《杉本穂高》

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杉本穂高

映画ライター 杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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