ひろしまアニメーションシーズン2026で、「HASプレゼンツ アンドレ・マルタン特集」が開催された。
アンドレ・マルタンは、フランスの批評家、教育者、映画監督、研究者であり、アニメーション映画文化の形成に大きな足跡を残した人物である。2025年12月31日に生誕100年を迎えたことを機に、フランスでも関連企画が展開されている。
今回の特集をキュレーションしたのは、ヨーロッパのアニメーション文化を研究しており、博士研究ではマルタンの批評と映画理論を中心に扱った新井佑季氏。本プログラムでは、批評家として語られることの多いマルタンの「作り手」としての側面にも光を当てた。上映されたのは、『ラジオ・クリニック:不調の受信機』(1948)、『明日のパリ』(1959)、『パタモルフォーズ、あるいは画家の絶望』(1960)、『去年の雪、いまは何処』(1962)、『家が飛ぶ』(1983)の5作品。上映後のトークで新井氏は、マルタンの歩みを映画文化史、作家活動、批評理論の3つの観点から整理した。
「アニメーション映画」という言葉を作った人物
アンドレ・マルタンは、「アニメーション映画」という言葉を広めた人物として知られている。また、アヌシー国際アニメーション映画祭の創設に関わった人物のひとりでもある。
マルタンは1925年、フランス・ボルドーに生まれた。戦後フランスのシネクラブ運動の中で活動し、上映、批評、映画祭運営を通じて、アニメーションを独立した映像表現として認知させる基盤を築いていった。
1950年代のフランスでは、映画批評がきわめて活発だった。その中でマルタンは、アニメーション映画を主要な関心領域とする数少ない批評家のひとりだった。フランスを代表する映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』をはじめ、さまざまな媒体に寄稿。シネクラブのネットワークを通じてアンドレ・バザンと出会い、『カイエ・デュ・シネマ』の編集チームにも関わるようになる。
新井氏によれば、マルタンは27歳で同誌に初寄稿して以降、1960年頃までに『カイエ・デュ・シネマ』だけで約60本の記事を発表した。内容は作品紹介や映画祭報告にとどまらず、作家論や作品批評など多岐にわたる。
マルタンの活動は、執筆だけではなかった。各地でアニメーション作品の巡回上映も行い、その積み重ねが、カンヌ国際映画祭内での国際アニメーション映画祭、そして1960年のアヌシー国際アニメーション映画祭創設へとつながっていく。
批評、上映、映画祭、国際的なネットワーク。マルタンの仕事は、アニメーションを個々の作品として紹介するだけでなく、ひとつの映画文化として位置づけていく実践でもあった。








