『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』口コミヒットの常識が変わる?

『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』が31億円超えの大ヒットとなっている。ヒットの要因である“口コミ”の広がり方に注目してみると、X(Twitter)での拡散よりもTikTokやInstagramなど、若年層支持の熱いSNSでの拡散が目立っている。

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あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。
(C)2023「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」製作委員会 あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。

(C)2023「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」製作委員会

正月興行が終わり、1月は早くも下旬を迎える。そんな中、公開から1ヶ月以上過ぎた今もなお話題となっているのが『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』である。

累計発行部数100万部超えの人気小説を実写化した作品で、現代から1945年にタイムスリップした女子高生・百合と特攻隊員・彰の出会いが描かれる本作。SNS上では「号泣した」との声が相次ぎ、現時点で累計興収31.7億円の大ヒットを記録している。嵐のライブフィルム『ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM “Record of Memories』を除けば、松竹配給作品としては、2009年公開『ヤッターマン(31.2億円)』(※日活と共同配給)以来、14年ぶりの31億円超えを果たした。

松竹はつい先日、昨年の業績が営業黒字へとV字回復を遂げたことも発表されたが、本作のヒットはさらなる追い風になると予測される。

そして、本作は他のメジャー邦画作品と比べ、異なった推移をしている点も非常に興味深いポイントとなっている。今回はそのヒット理由を探っていきたい。

異例の右肩上がりヒット、その要因は?

まず、興行推移について本作が他のメジャー作品と異なるのは、2週目の週末成績が初週を上回ったという点。初週の週末成績3億2,200万円から2週目は3億8,600万円と前週比120%の大幅な右肩上がりとなった。前提として、全国規模の作品で公開初週から2週目にかけて右肩上がりのヒットを記録するケースはかなり珍しく、2023年公開作品でそれを達成させたのは『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』と『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』ほど。座席数が削られていく中でのこの推移は通常では起こりにくいことなのだ。

そして、この右肩上がり現象を起こす作品に共通しているのが「口コミ」の影響を大きく受けているという点。例えば『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』はX(旧Twitter)にて個人の感想ツイートが10万いいねを超えたり、15万人のフォロワーを抱える公式の投稿のほとんどが1万いいねを超えていたりなど、その数字からファンダムの大きさが見てとれる。その圧倒的なSNSでの爆発力がファン獲得に繋がり、特に入場者プレゼントは配布開始直後に満席続出で配布終了になるなど、まさに想定外のヒットを記録した。他にも近年では『RRR』や『BLUE GIANT』などロングランを記録した作品は主にXでの拡散力がヒットの肝となっている。やはり、Xは他のSNSと違い、リポストをすることでユーザーが能動的に拡散できるという面は大きいだろう。


同じく『あの花』も口コミでの大規模な拡散がヒットの要因と考えられるが、先ほど挙げた『鬼太郎誕生』などとは対照的に、Xでのフォロワー数は5万人弱とやや少なめ。他の作品を例に挙げると、『わたしの幸せな結婚』や『ミステリと言う勿れ』など昨年25億円を超えた邦画実写作品は、そのほとんどが10万人を超えるフォロワーを抱えていた。他にもGoogleの検索数を調べてみると、その勢いは公開初日がピークとなっており、その後は下降傾向となっている。これだけを見ると、口コミ効果の裏付けがやや数字で説明できていないようにも思えてしまう。しかし、本作の主戦場はXではなかったのだ。

主戦場は若者世代中心のSNS

Xでこそ勢いが落ち着いているように見えた『あの花』だが、他のSNSではしっかりとファン地盤を築いている。Instagramではフォロワー数10万人を超えており、Xの2倍以上の数字を誇っている。若者世代中心のTikTokもフォロワー数は11万人超えており、驚くべきは累計のいいね数。その数なんと350万となっている。

なんとこれは昨年の邦画実写トップの『キングダム 運命の炎』『ミステリと言う勿れ』『劇場版TOKYO MER 走る緊急救命室』などを大きく上回る数字だ。ただし、これは『あの花』だからこそ実現できた数字でもあるだろう。というのも、本作の原作小説はTikTokでの投稿をきっかけに大きく話題となった作品だからだ。

@ano_hana_movie 1945年の6月…戦時中の日本。ここ鶴屋食堂で、おいしいご飯を食べて、みんなで笑いあう日常。皆、「今」を生きていた。 #映画あの花 12.8公開💐 #映画 #おすすめ #小説 #fyp ♬ オリジナル楽曲 - 『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』公式

『あの花』は2016年に原作小説が発売され、当初の発行部数は2万部だった。これでも十分な売上ではあるが、その後の発行部数にはほぼ変化がなかった。しかし、発売から4年後に突如書店や出版社に注文が殺到したのだ。その要因となったのが、一読者の「感動して号泣した」という感想レビューだったという。ここには、インフルエンサーや芸能人が勧めるといった“PRである”バイアスがなかったこともTikTokユーザー間での自然な広がりに繋がったと考えられる。

誰の予想もつかない形で発生する「バズる」という現象。その広がりは瞬く間に広がり、2023年の5月には50万部を突破。その流れで映画化も決定した。このような背景があるからこそ、『あの花』は主戦場であるTikTokユーザーを中心としたセグメントを固めることで集客に成功したのだと考えられる。Xと違い、リポストのような形でユーザーが能動的な拡散をすることはできないが、AIのレコメンド機能によってより的確なターゲット層に作品を届けられると言うのがTikTokの魅力でもある。

観客の年齢層を調べてみると、10代~20代の若年層が中心となっており、これはTikTokユーザーの年齢層とも重なっている。また、Instagramの投稿機能や口コミなど、データには現れない“見えない拡散”も若年層の間で広がった可能性も推察できる。

情報化が進み、目まぐるしくトレンドも変化する近年、顧客に対しどのようにコンテンツを届けていくかは映画業界にとっても非常に大きな課題。最近では、『あの花』の主題歌「想望」を担当した福山雅治のライブ映画『FUKUYAMA MASAHARU LIVE FILM 言霊の幸(さき)わう夏 @NIPPON BUDOUKAN 2023』と相乗効果を狙う新しい試みも行っている。映画の宣伝においては、絶対にヒットするという確証がないからこそ、今後も業界の様々な展開に注目したい。

《タロイモ》

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中学生時代『スター・ウォーズ』に惹かれ、映画ファンに。Twitterでは興行収入に関するツイートを毎日更新中。

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