黒沢清の新作を独占販売予定、Web3の映像配信サービス「Roadstead」ができるまで

Web3時代の映像配信プラットフォーム「Roadstead」が誕生。著名監督から若手監督の作品まで多様なラインナップの配信を予定している本サービスについて話を聞いた。

テクノロジー Web3
黒沢清の新作を独占販売予定、Web3の映像配信サービス「Roadstead」ができるまで
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ブロックチェーン技術の登場で、コンテンツの流通・売買のあり方が変わろうとしている。NFTアートは高値で取引される作品も登場し、クリエイターにとって新しい収益源になりつつある。

そんな中、映像会社向けにクラウドサービスを提供するねこじゃらしが、Web3時代の映像配信プラットフォーム「Roadstead」をローンチした。このサービスは、ブロックチェーン技術で権利者が利益配分をコントロールすることを可能にした上で、DRM技術(Digital Rights Management/著作権保護)でコンテンツの不正コピーを防ぎながら、流通させることを可能にしている。

開発・運営のねこじゃらしの代表、川村岬氏に同サービスの狙いや立ち上げた意図などについて話を聞いた。

ねこじゃらし代表 川村岬氏。

「Roadstead」はクリエイターと作品の多様性を支えるプラットフォーム

――御社はクラウドストレージを提供している会社ですね。

はい。2006年設立以来、一貫してクラウド上でのファイル共有サービスを提供しています。設立当初からクリエイターの制作過程で発生するファイルの共有や保管をサポートする業務を中心にやってきました。弊社の主力サービスであるJectorというクラウドストレージは、映像制作に特化したファイル共有サービスで、大手映像会社を含む多くの会社にご利用いただいております。

――クリエイター向けのサービスを提供しようと思ったのはどうしてですか。

僕は昔DTM(デスクトップ・ミュージック)をやったりしていて、周囲に自主映画を作っている友人などもいました。その頃、音楽や映像はテープに保存する時代で、それがデジタルとネットの普及で今後はオンライン上に素材を保管していくようになるだろうと思っていたんです。僕は元々ネットワークやサーバ運営が好きだったのもあり、当初は知人向けにそういうサービスを提供していたんですけど、これは使いやすいから起業してきちんと提供した方がいいと言われて、確かにそうだなと思って始めたという経緯になります。とりわけ映像データは、毎年データ量が大きくなっていましたから、潜在的な需要があるのではと漠然と考えていました。

――そんなクラウドサービスを手掛ける御社が「Roadstead」というサービスを立ち上げたのはなぜですか。

2020年の黒沢清監督の『スパイの妻』という作品で、弊社は初めて映画製作に参加しました。これは本業のITとは全く異なる、ダイレクトにクリエイティブに関わる体験で、それをきっかけにその後もいくつかの映画の製作に参加しています。

映画製作にかかわる中で見えてきたのは、大作ではない映画の現場は予算が少なくて大変だということです。弊社はクラウドサービスを提供することでクリエイターを支援していましたが、よりクリエイターのためになり、作品の多様性を広げることに貢献できないかと考えていた頃、ちょうどブロックチェーンという技術が注目されはじめました。

弊社は、「Lumière」という配信サービスを提供しておりオンライン上のデータを暗号化して保護するDRM技術の知見があったので、これとブロックチェーン技術を組み合わせれば、クリエイターの権利を守りながら映像配信できる、新たなプラットフォームが出来そうだなと思ったんです。

――ブロックチェーンは流通の記録がついて誰がそのデータの所有者なのかを証明できますが、著作権侵害を防ぐような技術ではありません。そこで、DRMと組み合わせて、コンテンツを守りながら流通を可能にするのがRoadsteadの特徴ということですね。

そうですね。世界中にNFTのマーケットプレイスがありますが、ブロックチェーンに載っているのはあくまでURLで、その中を見れば誰でもたどってコンテンツをダウンロードできてしまいます。映像とか音楽の権利者は、そういう場所にはなかなかコンテンツを出せないですよね。なので、きちんと権利を保護した上でクリエイターの適正な利益を守りつつ、より多く還元できる仕組みを目指しています。

コンテンツの守り方も色々あって、例えば、大手出版社のように漫画村のようなものが出てきたら、訴訟を起こすというやり方もあるでしょう。でも、結局それはコストもかかって大変ですよね。我々は、原理的に改ざんが難しいブロックチェーンで映像の権利を保証し、暗号化によって映像コンテンツの中身も流出できないことを保証できるので、トータルとして人的コストをかけずにコンテンツを守れます。それに収益の分配も自動計算できるので、そこにも人手をかけずにすみます。クリエイターにダイレクトに収益をもたらすことができるんです。

――御社はこのDRM機能があるので、他のNFTプラットフォームよりも安全にコンテンツを流通させられるわけですね。

そうですね。それを中心にやっていくつもりなので、RoadsteadをNFTマーケットプレイスとは言っていないんです。どちらかというと、Web3型のサービスで、クリエイターとフォロワーが一方通行の関係ではなく、フォロワーも他のユーザーに映像を転売できるし、多方向の関係を築けるサービスと紹介しています。

言うなれば、配信とDVDをいいとこ取りしたサービスですね。配信は不特定多数に広く作品を見せられますが、視聴者はその作品を所有する感覚は持てません。DVDなら所有して友人に貸したり、あるいは売ることも可能ですが、転売されても元のクリエイターには1円も入ってきません。Roadsteadなら、購入者が別の誰かに転売した時もクリエイターに利益が還元されます。作品のレンタル機能もあるので、そこでもクリエイターに還元されるようになります。ユーザー1人ひとりが「自分だけのレンタルショップ」を持てるようになるイメージです。

日本円での決済が可能

――オンラインで自分のレンタルショップが持てるというのは、わかりやすいですね。Roadsteadは仮想通貨ではなく、日本円での決済が可能なのもわかりやすいです。

仮想通貨でしか取引できないのは、NFTにとってデメリットだと思います。仮想通貨が暴落したら価値が一気に落ちますし、作品と関係のないところで投機性が発生してしまいます。なので我々は、まずは円だけでの決済を最初に作るつもりで、仮想通貨での決済は後でもいいかなと思っています。

――Roadsteadは、どんなデバイスやOSに対応していますか。

Roadsteadはブラウザで動作するので、どんなデバイスからでも視聴可能です。後々、アプリも提供する予定ですし、自分の所有するデジタルサイネージなどに表示させる機能も実装していきたいと思っています。

――黒沢清監督のような有名な映画作家もRoadsteadに参加予定だそうですが、今後、どんな方が参加予定なのでしょうか。

Roadstead ログイン画面イメージ

ローンチ初期には、有名なクリエイターの方々にお手本になっていただき、進めていければと思っていますが、プラットフォームとしてはいろいろな方に参加していただきたいと思っています。黒沢監督のような大ベテランの他、工藤梨穂さんという若手監督の作品も準備中です。現在はプロクライマーの安間佐千さんのドキュメンタリーを300本限定で販売して全て完売しました。今は二次販売が進んでいるところです。


どちらかと言うと、このサービスはこれから活躍するクリエイター向きだと思っています。自分の作品をNFTにして、初期の頃に目利きの人が目をつけて、後ほど高値がついて利益になる、そういう現象が発生すると面白いと思います。

――ここで若手が短編作品を発表して、その人が後に大物になった時、その短編に高い価値が出るかもしれない、そういうことも起こり得るということですね。

そうですね。流通した後に価値が上がり、売買が生まれても、オリジナルのクリエイターにその分還元されます。

IT企業が映画産業に参加してみて感じること

――御社は、『スパイの妻』の他、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』や 『偶然と想像』等にも関わっています。御社のようなIT系の会社が製作で映画に関わるのは珍しいと思いますが、映画業界に対してどんな印象をお持ちですか。

色々な縁があってInclineというLLP(有限責任事業組合)を一緒にやることになって、コロナ禍で苦しむミニシアターを救済する「ミニシアター・エイド基金」を支援したり、映画の製作委員会に加わったりしてきました。映画産業について感じているのは、「とりあえずやってみよう」というようなチャレンジ精神があまりないということですね。それには様々な要因があるのでしょうが、全体的に慎重な世界だなと感じています。

一方で、インディーズ映画のサブスク配信を手掛けるDOKUSOさんとか、短編のマーケットを開拓しようとしているSamansaさんとか、新しいことをやろうとしているプレイヤーもいるのですが、そういう方たちが中心になれていないというもどかしさがあります。結局動画配信マーケットは、何億円という流通を押さえてる大手が独占的ですよね。

――古い業界ですから、なかなか新しい風が入ってこないんですね。

大手映画会社が、長い時間をかけて洗練させてきたビジネスモデルがあるので、新しいことをやる必要も、わざわざ壊す必要もないんだろうと思います。でも、そういう状況ではイノベーションや多様性は生まれにくいですね。

僕らはRoadsteadで、よくIT系の会社が言うような「ディスラプト(破壊的イノベーション)」がしたいわけではないです。あくまでクリエイターがもの作りできる環境整備を手助けしたい、映画館には映画館の良さがあるし、配信には配信の良さがあると思います。でも、作品を出す方法はもっと多様的でもいいと思うんです。

――Roadsteadはネットにありがちな薄利多売の商売ではなく、小ロットで価格を自由に設定できることで、クリエイター自身が適正な価格を見つけていけるわけですね。

そうですね。映像作品は、DVDなら5,000円、映画館なら2,000円で多くの人に見てもらうことが前提になっています。そういう作品ばかりじゃなく、世間的に大ヒットするようなタイプではないけど、芸術的、学問的、歴史的価値が高いものってあると思うんです。そういうものも全て2,000円でいいのかなと思うわけです。我々の方から、いくらぐらいで売ってほしいとは言いません。それはそれぞれのクリエイターが決めればいいので、そういう自由があるという点でもこれはWeb3的だと思っています。


Roadsteadはβ版を公開中。https://roadstead.io/

《杉本穂高》

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杉本穂高

映画ライター 杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。

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